茨城県大洗町の小・中学校で実践中の「おしごと年鑑」を活用したキャリア教育授業。大洗町立南中学校の「働く人の話を聞く会」では、「おしごと年鑑」掲載の企業3社によるオンライン出張授業が行われました。そのうちの三菱電機の授業では、「AI」について学びたいと、研究所でAIの開発・研究をする専門家から話を聞きました。
- 実践校
- 茨城県大洗町立南中学校
- 学年
- 中学2年生(2022年度)1クラス計32人
- 授業
- 総合的な学習の時間(キャリア教育として)
- 時間
- 2コマ(2022年12月21日)
- 使った教材
- 『おしごと年鑑2022』
- ゲスト講師
- 三菱電機株式会社
日進月歩のAIの世界
講師を務めてくれたのは、「おしごと年鑑2022」にも登場する三菱電機情報技術総合研究所の芳川昇之さん。実際にAIを使った技術の開発に携わる専門家だ。冒頭、芳川さんは「AIは発展が目まぐるしい分野。今日の話は明日には古くなっていることも」と言い、今回の話は「あくまで私の考えなので、気になることはいろんな人に聞いたり調べたりしてほしい」と前置きして授業をスタートした。
AIって何?
ウィキペディアで「AI」を調べると「人工知能」としてその説明があるが、「正直、その内容読んでもよくわかりません」と苦笑する芳川さん。誤解を恐れず簡単に言えば、「何か聞いたら答えてくれるプログラム」だと語り、概念を分かりやすく図解したスライドを見せてくれた。
ある「目的」のためAIに「状況」と「状態」を伝えて「回答」を得る。AI将棋を例にすると、「状況=将棋での対戦」「目的=勝ちたい」「状態=その時の盤面」「回答=最適だと判断した手」となり、「目的」と「状況」は人間が決められる。
一口にAIといっても、その種類はたくさんあるという。芳川さんは、エキスパートシステム、ファジィ制御、群知能、機械学習(決定木、ガウス過程回帰、ニューラルネットワークなど)といった専門用語を挙げ、「すべての問題に対応できるものはなかなかなく、今やりたいことに適切な仕組みを選ぶのが大切」と言い、これを適切に選べるようになるのがAIの開発者なのだと伝えると、生徒たちは勢いよく手を動かしメモを取っていた。
AIって何に使えるの?
では、たくさんあるAIは何に使えるのか。芳川さんは、三菱電機で実際に技術開発している製品にも触れながら、社会で応用されている分野を紹介した。
生徒たちもネット上で見聞きしたことがある「音声認識」や「画像認識」。工場などで活用される「異常検出」。また「予測」の分野では地震で津波を観測すると、いつ・どこで・どれくらいの規模で押し寄せるかという危険予測のシステムを三菱電機で手掛けているそうだ。かつてAIが苦手とされた「画像生成」などクリエイティブの分野も現在は進化し、絵を描いたり小説を書いたり、またAIがAIのプログラムを書くこともできるという。
「三菱電機では工場などでの故障や破損の検出、機械制御といった分野を“大きな売り”として手掛けていますが、AIは人間が思いつくことであれば大体できてしまう時代に来ているんですよ」
AIってどうやって作るの?
「意外と重要だけど、あまり語られない部分」として芳川さんが詳しく教えてくれたのが、AIはどうやって作るのか、だ。
先に説明された「目的と状況を人間が決め、状態をデータとして与え、その回答パターンを覚えさせて使う」のがAIの仕組み。この「状態Aがあれば答えBが出てくる」のは、「xのときにyが出る」と言い換えられる。「なんだか聞いたことありませんか? 2年生なら習っている数学の一次関数です!」と芳川さん。聴き入る生徒たちの眉間に少しシワが寄る。
「y=ax+b 」、つまり「関数xを与えるとyが決まる」という一次関数を発展させて「状態を与えると回答が出る」のがAIで、機械学習のうちのニューラルネットワークの一番簡単な形になるという。芳川さんは生徒が理解しやすいよう「勉強時間と数学テストの点数」の関係を例に、一次関数のグラフを示した。実際の点数は勉強時間に正確に比例する直線にはならず、ゆらぎがある。よく知られているように、勉強はある程度時間を重ねてからぐっと上がる時期があり、成績は階段状に伸びると言われるからだ。「これを実際に近づけるには、膨大なデータが必要です。実はAI技術で一番大変なのは、この必要なデータについて何をどうやって集めるかなのです」
実際に、三菱電機で開発した「トンネルのひび割れ検出AI」では、1千~1万枚といった膨大な数のトンネル壁面画像が必要となり、用意した画像のどこにひび割れがあるかを最初にAIに教えなければならなかったのだと説明した。
AIの今後とは
できることが増えて性能が上がり、複雑になったAIだが、計算能力に限界は来ないのか。10年ほど前までコンピューター1つで行っていたことが、現在はクラウドのサーバで計算するように。それでも将来的に限界が来る可能性はあります、と芳川さん。
最後にAI研究・開発に必要なものについて、データ取得のための「お金・人員・ドメイン知識(+ちょっとだけの数学)」だとまとめた芳川さん。「なかでも一番必要なのは知識です。AI自体はちょっとした数学があればできる。何がやりたくてどうすればデータが取れるのか。このあたりを、ぜひみなさんに考えてもらいたいですね」と締めくくった。
質疑応答では、「最新のAIはどのようなものがあるか、どのような場所で使われているか」、また「AIは人間と同じようになるか」「AI対AIで囲碁や将棋をするとどうなるか」といった素朴な疑問や、「職場の人数や一日の仕事の流れは?」といった仕事に関するものまで、さまざまな質問が出た。密度の濃い、あっという間の30分間で、最後は拍手に包まれた。
熱心に聞いていた生徒の手元のメモは、表も裏もびっしりと文字で埋め尽くされていた。感想を聞くと、「医療現場でのレントゲン画像の診断など、知らなかったAI技術の活用にびっくりしました」「生活が便利になる一方、人間の仕事が少なくなって、将来はAIと競合しない分野の仕事を考えなければいけないと思いました」「数学の計算が難しかったけど、今日おもしろいと思ったところを掘り下げられるよう、きちんと理解できるようになりたい」など、AIを軸に、生徒たちに多くの気づきや意欲をもたらした授業だった。
出張授業後の先生のコメント
海東美ゆき 教諭
初めは「AIって難しそう」と言っていた生徒も、終わった直後に開口一番「おもしろかった!」と興奮気味に話していたのが印象的でした。数学が得意な子が多い学年なので、一次関数の応用といったAIのお話も、興味を持って聞いていたと思います。さらに踏み込んで理解できるようになってほしいですね。何度も「AIは簡単」と話してくださって、子どもたちには将来の夢が広がる、とても刺激的な授業でした。
ゲスト講師から
芳川昇之さん
三菱電機株式会社
情報技術総合研究所 機械学習技術グループ
生徒さんの質問にも答えましたが、私の勤める研究所には研究者が800人ほどいて、そのうち何人がAIを使っているかは正直わかりません。それほど、AIはすでに道具になっているのです。今回の授業で生徒さんたちが「AI自体は難しくない」と捉えてくれて、もっと知りたいと興味を持ってくれると研究者として嬉しいですね。