キャリア教育とは何か

文部科学省が2018年に改訂した小学校学習指導要領には、「キャリア教育の充実」という言葉が明記されました。
今、子どもたちには、将来、社会的・職業的に自立し、社会の中で自分の役割を果たしながら、自分らしい生き方を実現するための力が求められています。この視点に立って日々の教育活動を展開することこそが、キャリア教育の実践の姿です。学校の特色や地域の実情を踏まえつつ、子どもたちの発達の段階にふさわしいキャリア教育をそれぞれの学校で推進・充実させていくことが大切になっているのです。
かつて学校教育は、国語や算数、理科、社会に代表される教科を学び、学力を身につけることに重点が置かれてきました。現在の学校が、子どもたちの社会人・職業人としての自立と、そのための「社会とのつながり」をここまで強く意識するようになった背景には、グローバル化とIT革命にさらされながら世界に例のない少子高齢化への道を突き進む、日本の将来への不安があります。人工知能(AI)の飛躍的な進化によって、従来の知識を身につけ、正しい答えを導く学習に加えて、自ら問題を発見し、課題を解決する能力を身につけるための学びがより一層、求められるようになりました。そして、本格的な人口減少を前に、国際競争力を維持するための生産性の向上も叫ばれています。
そんななか、志望先への就職がかなわない、あるいはせっかく就職したのに職業や職場とのミスマッチから短期で離職してしまう若者たちの存在が社会問題になっています。
世の中にはさまざまな職業が存在します。そして、世の中の大人の大半は、自分が働いている職場以外でどんな仕事が行われているのか、よく知らないと言っていいでしょう。もちろん、小中学校の義務教育に携わる先生の多くも民間企業などで働いた経験がないのですから、知らないことを教えるのは困難です。これらを背景に、多くの子どもたちは、社会を支えている職業の中身を知る機会もないまま高校や大学に進み、就職活動に突入していきます。
現在、学校現場で行われているキャリア教育の中核は、地域の商店などでの職業体験、あるいは社会人講師による出張授業だとされています。そこには仕事の実際や厳しさを知るうえで大きな意義があります。しかし、就職活動を始めたばかりの学生が直面する「どの企業に入ればいいのかわからない」という悩みを解決するには、幅広い選択肢の中から自分の適性を見極め、自分はどんな職業についたらよいのかを、子どものころから考えてみることも必要ではないでしょうか。

キャリア教育の目的とは

キャリア教育は子どもの発達段階に合わせた内容になります。小学校では、職業を発見し、社会でどんな役割を果たしているかを理解することに主眼が置かれます。中学校でのキャリア教育は、多くの学校で職場体験が取り入れられます。そして、自分が将来、自立してどのような社会人になるのか、どのように生きていきたいかを真剣に考え、その後の就職あるいは資格の取得、高校や大学への進学を通じて自らの進路を選び取っていくことが目標となります。
義務教育の間は職業選択よりも基礎学力を身につけることにまず力を注ぐべきだという考え方があります。確かに、中学・高校までの基本教科は社会人として必要な資質、素養を身につけるために欠かせないもので、これら基本教科の勉強がおろそかになっては本末転倒です。他方で、ある職業に興味を持ち、自分の人生の目標が定まることによって、教科を学ぶことの目的意識が明確になり、学習へのモチベーションが高まることも期待できるのです。
社会的な成功を収めた人たちに子ども時代の話を聞くと、小さい頃にやりたいことと出会っていたというケースが多いことに気づきます。2018年にノーベル医学生理学賞を受賞した本庶佑さんは代々医師の家系に育ち、自然と医学を志すようになりました。やはり2018年、映画「万引き家族」でカンヌ映画祭のパルムドール(最高賞)を受賞した映画監督の是枝裕和さんは、子どものころ、映画好きの母親に連れられ、映画館でさまざまな映画を鑑賞したといいます。しかし、そうした運命の出会いに恵まれることなく、消去法でなんとなく進路を決めてしまっている人も多いのではないでしょうか。子どもたちが自分の人生を輝かせるために、キャリア教育によって、「本当にやりたいこと」を見つける手助けをしてあげたいものです。

キャリア教育を成功させるために

キャリア教育の実践で、大きな役割を果たすのが家庭と地域社会です。なかでも地域社会を構成する企業と団体は、社会貢献活動として、また将来の従業員や取引先や顧客となるかもしれない若者や子どもたちに事業の意義や魅力を伝えるために、キャリア教育に力を入れるようになってきました。独自にイベントや講座を開いたり、職場体験や出張授業のカリキュラムをつくったりしている企業や団体も多くあります。しかし企業・団体の悩みは、学校にアプローチしたくても、学校との接点を持っていないことです。学校や教師の側も、外部に講師の派遣を頼みたいと思っても、公立の学校の場合は特に、特定の企業や団体と直接の関係を持つことには慎重になります。
そんな学校と外部とのつなぎ役として、NPO法人や、民間資格のキャリア教育コーディネーターがかかわることもあります。文部科学省と経済産業省、厚生労働省の3省が合同で毎年開いているキャリア教育推進連携シンポジウムでは、全国の事例が紹介され、学校、企業、コーディネーターの部門別に優秀者を表彰するなどしてキャリア教育を後押ししています。今後はこれら官と民の活動があいまって、キャリア教育を支援する仕組みが整っていくことが期待されています。
出張授業や体験学習を成功させるためには、受け入れる学校側でも事前に入念なリサーチを行い、綿密な計画をたてることが欠かせません。そのために「調べ学習」の時間が設けられるのが普通です。
調べ学習に欠かせないのが書籍などの教材です。現在、学校現場で使用されている主なものには、「13歳のハローワーク」(幻冬舎)、「おしごと年鑑」(朝日学生新聞社・朝日新聞社)、「まんがでよくわかるシリーズ 仕事のひみつ編」(学研)などがあります。「13歳のハローワーク」は多様な職業についている人たちが登場する職業図鑑です。「おしごと年鑑」は「おしごとはくぶつかん」の基幹教材で、100以上の企業や団体の代表的な仕事が一冊に収録されています。「まんがでよくわかるシリーズ」は一冊でまるごと一つの仕事をマンガで紹介するシリーズです。これらの教材を活用することは、多彩な職業の中から自分の興味ある仕事を深く調べたり、知らなかった仕事に出会い、そこから学びのきっかけをつかんだりすることにもつながります。