野生動物との気持ちのやりとりを表現したい。動物写真家の仕事の喜びとは

2022.12.09 わたしのしごと道

【動物写真家】前川貴行(まえかわ たかゆき)さん

1969年、東京生まれ。エンジニアとしてコンピュータ関連会社に勤務した後、26歳の頃から独学で写真をはじめる。97年より動物写真家・田中光常氏の助手をつとめ、2000年よりフリーの動物写真家として活動を開始する。日本、北米、アフリカ、アジア、そして近年は中米、オセアニアにもフィールドを広げ、野生動物の生きる姿をテーマに撮影に取り組み、雑誌、写真集、写真展など、多くのメディアでその作品を発表している。2008年日本写真協会賞新人賞、第一回日経ナショナル ジオグラフィック写真賞グランプリ。著書は『動物写真家という仕事』(新日本出版社)、『生き物たちの地球』(朝日学生新聞社)、『ハクトウワシ』(新日本出版社)など多数。

「動物写真家」とは、具体的にどんなことをする仕事でしょうか。


南太平洋のトンガの海で、前川さんが撮影したザトウクジラ。魚眼レンズを使い、水中でわずか1.5メートルまで近づいて撮影しました。「大きなクジラに近づくことは怖かったけれど、勇気を出して撮影をした思い出深い写真です」(前川さん)(写真提供:前川さん)

朝日小学生新聞で連載中の「前川貴行の生き物たちの地球」の紙面。前川さんは地球に暮らす動物たちや、その地で暮らす人々や環境について見てきたことを、子どもたちに写真と文章で伝え続けています

さまざまな環境で暮らす野生動物に会うために世界中の国へ出かけていき、写真を撮影します。これまでにクマ、ハクトウワシ、カリブーや、マウンテンゴリラなどの類人猿、クジラなど、たくさんの動物たちを撮影してきました。

 

それを写真集にまとめたり、記事として新聞や雑誌に掲載したり、企業に広告として使ってもらうことで収入を得ます。テレビ局から依頼を受けて動物を撮影したり、テレビに出演することもあります。

 

撮影が中心ですが、もっと大きな意味で、子どもから大人まで多くの人たちに動物や自然の素晴らしさを自分なりの表現で伝えていくことが僕の仕事だと思っています。

 

写真を撮る技術ももちろん必要ですが、図鑑類を一通り揃えて動物について学び、取材する場所の下調べをできる限りすることも必要です。

写真に添える文章も書きます。この仕事をはじめてから文章を書くようになりましたが、できるだけかっこつけず、何を感じたかダイレクトに伝えることが仕事だと思っています。

今では本を一冊、書くこともあるんですよ。

さまざまな国に出かけて野生動物を撮影することは、簡単にできるものではないと思います。日々の過ごし方や、撮影をする時の様子を具体的に教えてください。


前川さん愛用のカメラ。このカメラ以外にも、ストロボ、三脚などの機材のほかに、キャンプ用のテント、食料、衣類などの機材を担いで撮影現場に向かいます

万が一、クマと近づきすぎてしまったときに使う熊よけスプレー。専用のフォルダーに入れ、山の中の撮影時にはいつも持ち歩いています

だいたい1年間に8カ月ぐらいは撮影に出かけています。撮影現場についたら日の出とともに動物を探して撮影を開始し、日が暮れると撮影を終えます。宿に泊まることも多いですが、キャンプをしたり、車で移動してそのまま車中泊をしながら撮影を続けることもあります。夜行性の動物を撮影する場合は、逆に昼間はのんびりして夜間の撮影に備えてなるべく睡眠をとるようにします。そして夕方から準備を始めて、夜の撮影にのぞみます。

 

難しいのは動物を探すことです。すぐに見つかることもあれば、なかなか目当ての動物に出会えないこともあります。

北海道の大雪山系でナキウサギの撮影をしたときは、何日間も待ち続けましたが姿を現してくれず大変でした。下山する予定日になり諦めかけたとき、ようやく岩陰からひょっこり顔を出してくれました。何日も待って、写真が撮れた喜びは格別でした。

 

取材から自宅にもどったら、写真を整理したり、連載や本の原稿に取り組んだりします。ランニングと筋トレも欠かせません。撮影のための重い機材を担いで、何時間も歩く仕事なので、何より体力勝負なのです。

今まで撮影した中で特に印象に残っている野生動物は何でしょうか。動物たちの息遣いを感じるなかで、仕事の魅力はどんなところにありますか。


ニューファンドランド島の東海岸で前川さんが撮影したハクトウワシ。ワシたちのひなが孵る様子の撮影を始めて2週間ほどたったとき、ついに卵にヒビが入り一羽のひなが誕生しました。その瞬間、卵を抱いていた親鳥が、突然、興奮した様子で鳴き出しました。近くにいるつがいのもう一羽に、生まれたことを知らせていたようです(写真提供:前川さん)

僕が初めて撮った野生動物はクマでした。生まれて初めて野生のクマと目が合ったとき、痺れるような緊張感がありました。自然界の食物連鎖に組み込まれてしまったような恐怖が本能から湧き上がったんです。でも、恐怖で制御不能に陥りそうな心をコントロールし、満足のいく写真がとれたときの喜びは、街で普段の生活をしていたのでは決して味わうことができないものです。少々大げさかもしれませんが、命をかけることでしか見えない世界もあり、そういう世界をいつも見ていたいと思います。

 

今でもよく覚えているのは、カナダでハクトウワシの撮影をしたときのことです。3カ月ほどのキャンプ生活をしながらの撮影でした。

直径3メートルほどの巣でうずくまるハクトウワシのおなかの下には、クリーム色の卵がありました。この地の気候はとても寒いのですが、どんなに雪が降り、強風がふく悪天候の中でも、ハクトウワシはオスとメスのつがいで交代しながら卵を温めつづけていました。僕はテントに帰れば焚火にあたることもできるし、温かい寝袋に入ることもできます。でもワシたちはできません。そのときの凄みのある逞しさには胸を打たれました。

 

ワシが巣を作っている場所は切り立った断崖の上にあり、撮影場所も一歩間違えば滑落して海に落ちる危険と隣り合わせでした。自然とは眺めがよく穏やかで気持ちがいい面ばかりではなく、一瞬で命を落としかねない恐ろしい面と表裏一体です。そういう意味でも、忘れられない撮影となりました。

飼っているペットと心が通じ合う瞬間があるように、野生動物たちと通じ合う感覚はありますか。動物写真家として大切にしていることは、どんなことですか。


「動物の撮影は動物と僕がいて、その1対1の関係だけで成り立つものではありません。僕が写真を撮れる状況になるまでに、直接、現地で情報をくれたり、ドライバーをしてくれたり助けてくれる方がたくさんいます。さらには、その希少な動物たちの生息地を守る活動をする無数の人たちが関わることで撮影が成り立っているのです。そのことを、いつも肝に銘じています」と語る前川さん

野生動物たちと気持ちが通じ合うように感じる瞬間はたくさんあります。目が合うと、その瞬間、向こうの動物も僕を見て何かを考えているのが分かるんです。「こいつは危険なやつじゃないのかな?逃げたほうがいいのかな?」とか、そういう意識のやり取りが生まれます。それが写真を撮るときの間合いです。間合いとは単純な距離ではなく、動物との精神的なやりとりなのです。動物それぞれに個性があって、それぞれの間合いがあります。その間合いが面白いし、写真にも現れると思うので僕が大切にしたいことですね。

 

ある時、南太平洋のトンガの海でクジラの撮影をしました。僕が船から海に飛び込んで撮影をしようとしたら、「人が入ってきたからからかってやろう」という雰囲気で、近づいてきた好奇心旺盛なクジラがいました。僕の方に突進してきたのでとても怖かったのですが、良い写真が撮れるチャンスだと1メートル近くまで我慢しました。その後、逃げようとしたんですが、クジラのヒレで叩かれてしまいました。幸いケガなどはなく助かりましたが、おかげで良い写真を撮ることができました。生き物の個性を感じるのは動物を撮る楽しさの一つです。

「動物写真家」にはどのようになったのでしょうか。きっかけを教えてください。


アメリカ・アラスカ州の滝にやってきたクロクマの親子。前川さんが動物写真家になろうと決めたとき、まずはクマを撮影できるようになろうと思ったそうです。最初は写真を撮るためにクマに近づかなければならないのに、恐怖で足が前に進まず、「我ながら情けないなぁ」と思ったという前川さん。今ではクマの撮影にも慣れ、近い距離で出会ってしまっても冷静に対処できるようになったそうです(写真提供:前川さん)

高校を卒業してからは特にやりたいこともなく、周りに流されるようにエンジニアとして働いていました。そこそこお給料がいいからという理由で働いていましたが、どこかで自分が夢中になれる仕事を探し続けていました。

 

もともと自然が好きで、20歳ぐらいからバイクに乗って田舎へ行って、山に登ったり海へ行ったりしていました。そういう自然の中で受ける感動を、何か形にしたいという思いがずっとあったんです。そこで絵を描いてみましたが、どう考えても絵は才能がないしお金を稼いで生活していくのは無理だなと思いました(笑)。

 

カメラだったらシャッターを押すだけで簡単でいいじゃないかと思い、兄の家にあった父親の古い一眼レフを手にしました。その瞬間に「僕はこれで生きていこう!」と閃いたんです。26歳のときでした。

 

写真家になると決意して、エンジニアの仕事をやめました。星野道夫さんの展覧会を見て、僕がやりたいのは動物写真家だと確信することができました。そこで動物写真家の田中光常さんの事務所を訪ねて助手にしてもらい、お手伝いしながら「動物写真家としての生き方」を学ばせてもらいました。

2年ほど助手をした後、2000年に動物写真家として独立しました。

動物写真家に興味があるという子どもたちに伝えたいことはありますか。


「人の写真を撮るのは気を遣うし、動物の写真を撮るほうが、ずっと気楽なんです」と語る前川さん

色々なことに興味を持って勉強してほしいです。自分の将来のことを決めすぎずに、世の中にはいろんな国もあれば、仕事や出来事があるということを知っていくのが大事だと思います。また勉強以外にも、語学を身につけたり、スポーツに打ち込んで身体を鍛えることも大事です。

でも一番大事なのは、友達とたくさん遊ぶことなんじゃないかな。具体的に動物写真家を目指すのは、大きくなってから行動すれば十分間に合います。

 

色々な経験をするなかで、自分の向き不向きを知ることも大切だと思います。

僕は独り立ちした後、動物写真だけでなく、学校の記念写真や結婚式の写真、芸能人やアイドルの撮影なども生活のためにやっていました。僕の場合、アイドルの写真を撮るのはとても苦手でした。動物の写真を撮るほうが気楽だし、夢中になれると気がつきました。

 

実は写真家として独立してから、動物写真だけで生活できるようになるのに10年ほどかかりました。動物写真家というのは、なかなか安定しない仕事かもしれません。でも動物が好きで作品作りをしていきたいと思う人がいたら、それは挑戦してみる価値があるし、得る喜びは充分にある仕事だと思います。

取材・文/柳澤聖子

 写真/村上宗一郎