目の前に不死鳥が浮かぶ! バーチャル空間で、3D表現を披露するアーティスト

2022.09.29 わたしのしごと道

[ VRアーティスト ]せきぐちあいみさん

1987年神奈川県生まれ。劇団俳優、ダンス&ボーカル・グループ、ヒップホップ・ユニット、タレントなどの活動を経て、2016年よりVR*アーティストとして始動。アート制作やライブペインティングのステージパフォーマンスを国内外(米、独、仏、露、UAE、シンガポール、タイ、マレーシアなど)で行う。2021年3月には自身の作品がNFT*オークションにて約1300万円で落札され注目を浴びる。
Aimi Sekiguchi -VR official Site- (creativevillage.ne.jp)

VR*とは
Virtual Reality(バーチャルリアリティー)」の略称。「仮想現実」などと訳される。コンピューター上の仮想空間の中に人工的に世界を構築し、VRゴーグルやヘッドセットを装着すると、仮想空間に自分が本当に入り込んだような没入感の高い体験ができる。

NFT*とは
「Non-Fungible Token(ノン-ファンジブル トークン)」の略称。日本語では「非代替性トークン」などと訳される。デジタルデータはこれまで、複製可能で量産できるものだったが、NFT技術により一つのデータに唯一無二の価値を持たせることが可能となった。

VRアーティストとは、どういった仕事なのでしょうか?


(上)ロシアで開催された「技能五輪国際大会(WorldSkills 2019)」の閉会式では、歌唱に合わせてパフォーマンスを実施。(中)右手と左手にはVRコントローラー。無限に広がるバーチャル空間の中で、幻想的な作品が創り上げられていく。(上・中ともに画像提供:クリーク・アンド・リバー社)(下)せきぐちさんが装着しているVIVE Proシリーズのヘッドマウントディスプレイ。このゴーグルをつけると、目の前にVR空間が広がり、コントローラーを使ってさまざまなタッチで絵を描くことができる

デジタルのバーチャルリアリティ(Virtual Reality)空間で360度に広がる3D*アート作品をつくる仕事です。日本や海外のステージ、企業のイベントでライブペイントのパフォーマンスも披露しています。


機材は、高性能のゲーミングパソコン(ゲームに適した機能を備えたパソコン)にVRペイントソフト『Tilt Brush』、VRゴーグルと、ペイントの専用のコントローラーを使っています。私はプロ仕様のデバイス*を使用していますが、手軽に入手できるタイプでもVRアートを楽しむことは可能です。


今はまだ、みんながVRデバイスを持っているわけではないので、スマホやパソコンなどのモニターを通して作品を見てもらうことが多いですね。


完成した作品を見せるだけではVRの魅力が伝わりにくいので、作品を創り上げる過程もパフォーマンスとして見せているのが私の特徴でしょうか。


3D*とは
「Three Dimension(スリーディメンション)」の略称。日本語では「3次元」と訳される。映像や画像を立体的に見せる技術のこと。

デバイス*とは
パソコンやスマートフォン、タブレットなどのデジタル機器の総称。また、情報端末に付随する周辺機器のこともデバイスと呼ぶ。

VRアートの楽しさとはどんなところですか? 和をモチーフにした作品が多くありますが、どこからインスピレーションを受けているのでしょうか?


せきぐちさんのアート作品「Alternate dimension 幻想絢爛(げんそうけんらん)」。「世界中でパフォーマンスをしていて感じるのは、VRアートは国境も性別も年齢も超えて、刺激や感動を味わってもらえるということ。私のパフォーマンスというよりも、VR自体の持つ魅力が人間に響くからだと思います」(画像提供:クリーク・アンド・リバー社)

平面の2Dの絵と違い、VRアートの場合はバーチャル空間全体がキャンパスになるので制約がなく、想像力次第でなんでも創ることができます。


世界を創造するのは、本来は神様しかできないようなこと。でも、VRでは現実とは違う世界を自分で創ることができる。そこに誰かを連れて行って、衝撃を感じてもらったり想像力を刺激したりできることが喜びです。


昔から日本の伝統工芸や浮世絵、蒔絵(まきえ。漆=うるし=で絵や文様を描き、漆が固まらないうちに金・銀などの金属粉をまいて表面に付着させ装飾する)などが好きでした。VRアートを始めてからは、日本庭園や盆栽からもすごく学びがありました。枝ぶりなどの配置を大切にしていて、どこから見ても調和がとれている点が3Dなわけで。平安時代に書かれた日本最古の庭園の解説・指南書『作庭記(さくていき)』はすごく参考になります。


古来からある文化も時代の先端を行く文化も、常に新しさを模索しながら完成すると思います。手法や素材を変えながら、既存の文化の中でどう高めていくか、どう変化していくかを考えて創作されたものが人の心に残るのではないでしょうか。

パフォーマンスではためらうことなく一気に精巧な作品を創り上げています。どのような準備をされているのでしょうか?


「時代の先端を行くことって、場合によっては受け入れられにくいものも多いです。だからこそ、そのものが持つ可能性や面白さをどうしたら広く伝えられるか、常に試行錯誤しています」(画像提供:クリーク・アンド・リバー社)

実はゆっくり時間をかけて、何度も描いたり消したりしながらめちゃくちゃ練習してます(笑)。ライブイベントの時は、見ている人に短時間で「VRでこんなことができるんだ!」と感じてほしいので、デバイスやソフトの機能もわかる派手な演出にしています。パフォーマンスでの見せ方は、アイドルの仕事で培った経験が生きていますね。


VRアートは表面だけでなく裏面や側面、360度どこから見ても完成された状態にしないといけないので、普段から何かを見る時にはいろいろな方向からよく観察しています。観察を繰り返すことで、自分の頭で全体像をイメージできるようになっていきます。

今までにない新しい仕事をされています。仕事として確立するまでに工夫されたことはありますか?


VRが持つ可能性を広く伝えたいので、あえてゲームキャラクターのような衣装を着ている。「エンターテインメントのひとつとして楽しんでもらえるように、スタイリストさんと相談して作りました」

SNSがまだ世の中に認知されていない頃に、ブログやYouTuber、クラウドファウンディング(インターネットを使って不特定多数の人から少額ずつ資金を集める)も始めていました。周りからは「日記を公開? なんでそんな変なことをやっているの?」と言われましたが(笑)。自分が「可能性があるし面白い!」と思えたものって絶対形になると思っているんです。


でも仕事につなげるためには、「自分だけが楽しい」ではなくて、古典的ですが「三方よし」*の考え方が必要ですね。自分にも仕事を依頼してくれた側にもメリットがあって、世の中のためにもなる。“3カ所に幸せが生まれるなら仕事は成り立つ”。そう信じていろいろなことにチャレンジしてきました。


偉い人や大人は、前例があることや安定を好みますよね。よくわからないものには様子見もしがちですが、その間に別の誰かがどんどん先に進んだら嫌じゃないですか。私はもともと自分に自信がないから、周りと同じペースでやっていたら絶対成功しないと思っていて。だから、「これだ!」と思うものには勢いよく飛び込んでいって、うまくいけば最高だし、たとえ失敗しても恥をかいても学びがあればいいんです。


私にとってはゆっくり進んでいる方が怖くて……。持ち前のセンスや才能、技術力を持っているわけではないからこそ、行動力とスピード感だけは大切にしています。


「三方よし」*とは
江戸時代から明治時代にかけて、活躍した近江商人(今の滋賀県に本店をおき、他国へ行商して歩いた人たち)の経営理念。買い手よし、売り手よし、世間よしという精神で信用を得た。

VRやMR*、メタバース*など、新しいジャンルでも仕事が生まれてきています。子どもたちが大人になる頃にはどのような未来が待っていると思いますか?


(上)鳥居と高層ビルをバックに。「時代を経ても変わらないもの、どんどん移り変わるもの、どちらの良さも取り入れながら創作をしたいです」(下)VR内のせきぐちさんのアバター。見る側もVRゴーグルをつけると圧倒的な没入感を楽しむことができる。(画像提供:クリーク・アンド・リバー社)

バーチャルの世界は自由度が高いので、これからどんどん新しい価値観も生まれていくのではないでしょうか。デジタル空間は今や私たちにとって人生の一部になりつつあります。データに価値が見いだされることも当たり前になり、デジタルと現実、2つの世界を生きていくようになると思います。


VR空間ではアバター(インターネット上の自分の分身)を作って現実とは別の姿になれるので、ジェンダー(社会的、文化的につくられる性別)やルッキズム(外見で人を評価する、差別的な考え方)による弊害も生まれにくいし、ネット環境さえ整っていれば、地域格差に関係なくどこにいても同じ教育を受けられます。ものを作る時も、MR空間の中で3Dモデリングを使って模型を作れば、バーチャルでサンプルが完成するので、現実でたくさんの素材を使わずに無駄のない生産につながります。


まだまだVRやバーチャルの世界は発展途上ですが、可能性の幅が広いのでこれからさまざまな場面で活用されていくと思います。


MR*とは
「Mixed Reality(ミックスドリアリティ)」の略称。「複合現実」などと訳される。現実世界とデジタル空間につくられた仮想現実を組み合わせる技術のこと。現実世界の形状に合わせ仮想現実の映像や画像を取り込み、MRゴーグルを着けることで、目の前にあるかのように存在させることができる。


メタバース*とは
仮想空間のこと。インターネット上の3次元空間のなかに街などの世界が構築され、ユーザーはアバターを利用して活動する。他のユーザーとアバターを介してコミュニケーションをとることもできる。

「将来、表現する仕事がしたい」と思っている子どもたちに向けてメッセージはありますか?


「今この瞬間に好きなことがなくても、広い視野で『ちょっと面白いな』と思ったことに挑戦し続ける。そうすると、将来のきっかけにつながるようなことに出会えるはずです」

周りになんと言われても、自分の好きなことでどうしてもやりたいことなら、気にせず突き進んでほしいです。何かに挑戦すると壁にぶつかる時もありますよね。でもそれはマイナスなことではないし、成長のチャンスでもあります。だから、いろいろなことを手当たり次第やってみてほしい。なかには「向いてなかったな」と感じることもあるけれど、やってみないとわからないじゃないですか。


私は中学生の時に表現や創作の仕事をしたいと思って、芝居の世界に入りました。でも周りのレベルに追いつけず、どんなに練習しても足手まといと感じることも多くて。だけどVRアートは「好きだからできちゃう」という感覚でした。何時間描いても飽きなくて、結果的に“表現”“創作”の仕事につながっていきました。


きれい事に聞こえるかもしれませんが、好きなことを仕事にするって大事なことだと思います。しんどい時も乗り越えられるし、才能あるなしに関係なく、夢中になれるものって上達もする。やがてそれが強みになるから、たくさんのことに挑戦して「好きなこと」に出会ってほしいです。

取材・文/秋音ゆう  写真/村上宗一郎