「アクセラレーター」として、女性起業家支援とその環境づくりに挑むパイオニア

2022.12.26 わたしのしごと道

[女性起業家・ベンチャー育成/支援者・アクセラレーター]堀江愛利(ほりえ あり)さん

広島県出身。カリフォルニア州立大学卒業後、米国IBM勤務ののち、多数のベンチャー企業でマーケティング*を手掛ける。2013年シリコンバレー*で初めて、「女性」に特化した起業家(自分で事業を始める人)育成機関アクセラレーター「Women’s Startup Lab」を創業。起業して間もない段階で急成長期の支援や資金を求める起業家が、世界中から集まる。その功績により、CNNの「10人のビジョナリーウーマン」を皮切りに数多くの賞を受賞。2022年「境界を突破し、次世代に希望を与える女性」として、バービー人形で知られるマテル社『ロールモデル』シリーズの一員となる。起業家育成から企業内のベンチャー人材育成にも携わり、より多くの女性起業家に支援ができるよう、2022年には非営利団体「Amelias(アメリアス)」を設立。


マーケティング*とは
商品やサービスが、もっと売れる仕組みを考えたりつくったりすること。


シリコンバレー*とは
アメリカのカリフォルニア州にある、世界的なIT企業本社やハイテク企業・ベンチャーが数多く集まる地域。

アクセラレーターとは、聞き慣れない職業ですが、どんなことをする仕事ですか?


翻訳すると「加速させるもの」という意味です。
1.会社をすでに始めていて、
2.実際に市場にニーズ(需要)があるというところまで証明ができ、
3.投資を受けて急成長させるための段階にある会社の支援のこと
を、アクセラレーターといいます。


応募してきた中から選ばれた起業家の事業の成長を、さまざまな面からサポートする団体や人材です。投資家が事業に共感して、出資したくなる魅力や価値を引き出すのが仕事です。

(上)世界中で活躍する女性のロールモデルのバービー人形を作るプロジェクトで、日本人起業家として初めて選出。2014年のテキサスでの講演時の服装を再現(下) WSLのメンバーと共に

私が主宰する「Women’s Startup Lab」(女性のための起業家養成所。以下WSL)は、 女性に特化して起業家たち支援をします。スタートアップ(会社をつくってまだ初期段階)であり「こんな会社をつくったが、どうやって成長・拡大させたらいいか」「会社を作るアイデアはある。どうすればもっと社会に広く受け入れられるか」という状態です。


起業家も「5歳の子どものように」ワクワクしつつ手探り状態。言葉も話せるし考えることもできますが、どう進めるのか方法がわからないといったイメージ。WSLは、事業をビジネスとしてポリッシング(研ぎ澄ます、アイデアを磨き上げる)して具体化し、お客さんにお金を払ってもらえるまでの実現に向けて、一緒に歩いていくコーチでありコンサルタントなのです。起業経験のある実業家や投資家もアドバイスをしていきます。


私たちは、養成プログラムの費用とは別に、起業家が起こした会社の株主資本から3%を報酬として受け取ります。起業家たちの会社に利益がなければ、10年待ってもこちらへのリターンはゼロ。成功すれば億単位でお金が入ってきます。

女性に向けての支援が特長です。どんなことがきっかけとなって、WSLを創業したのでしょうか?


「親の介護もしたし、子どもとしっかり関わり合うことで、フルタイムのお母さんの気持ちも専業主婦の気持ちもわかる。ごく普通にいろんな経験をさせてもらいました」

20代の頃、私は仕事が面白くバリバリ働き、女性として壁を感じませんでした。女性として特別扱いをされたり嫌な思いをしても「ネガティブなことは無視しよう」と前進することだけを考えていました。


でも結婚し出産をすると、景色ががらりと変わったのです。「子どもを産み育てる」「教育」「介護」。これらの人間臭いことにテクノロジーやITはほとんどなく、紙への記入の連続でした。アメリカのシリコンバレーのど真ん中にいながらです。ここは取り残された現場であることをママになって知ったのです。


もちろん育児は楽しかったし、子どもとしっかり向き合いたかったので、自宅でオンラインや新しいテクノロジーを活用して、知育玩具をアメリカから売る仕事を始めました。仕事は順調でお金の面では満足していましたが、「やっぱり私は誰かと一緒に、学べる仕事に就きたい」と気づきました。


同じ仕事をするなら、企業内で評価されることでしか上に行けない環境より、社会から評価され、自由にチャレンジしていく起業を自分で始めようと思いました。「多様な層の女性を支援したい」「社会の仕組み、構造が変わるようにしたい」「社会に良い影響を及ぼす、インパクトを与えたい」という思いで、女性のための起業支援教育を行うWSLを始めたのです。

堀江さんのWSLは、2週間の合宿スタイルです。なぜ「合宿」にしたのでしょうか?


合宿中の記念写真。「起業の過程で、想像もしなかったことを一緒に乗り越える『仲間』はとても貴重で、大いに意義があるのです」

アメリカでは昔から、男性は結婚したあとも自分のキャリアに没頭できる環境が、100%整っています。男性と女性のロール(役割)が社会で自然に決まっているのです。男性同士はビジネスチャンスをより多くもらえる状態です。でも女性起業家は、まだまだそのネットワークに入れないのです。


私は、仕事とは「人の掛け算」であると考えます。どんなに優秀な人でも、素晴らしい事業でも、だれも知らないのでは仕事として広がらない。使ってくれる、喜んでくれる、お金を払ってくれる人がいないとビジネスとして成り立ちません。


そこで考えついたのが2週間の合宿プログラムでした。女性を支援したい気持ちがあり、クオリティの高い人を私の方で巻き込み、起業家を待つ環境を整えて、信頼関係を築く機会を作りました。起業家同志での助け合いもできるようにしました。


当時は3カ月のプログラムが主流でしたが、家庭を持つ女性の日常を考えると、あえてぎゅっと詰める2週間にし、なおかつ合宿スタイルでしか追いつけないと思いました。


私もその2週間は家を空けるわけですが、「プログラムが始まったんだ。マミーはまた2週間いないぞ」と息子たちは理解してくれています(笑)。女性ということで社会の価値感に振り回されず、一緒に時間を過ごすだけが子どもへの教育と思い込まず、夢を持って人生を生き抜く勇気や努力をしっかり見せていくことも大切だと思います。

プログラムではどんなことを学ぶのですか? どんなタイプの女性が成功していくのでしょうか?


プログラムのトレーニング中の様子。「ほかの人から『あなたはもう少しマーケティングを学ぶといいんじゃない?』『“B to C“(企業対個人)でなく、“B to B“(企業対企業)なら全く違う考え方で』などと、アドバイスを受けて、はっとすることも。これがとても大切」

ビジネスモデルや事業にまつわる知識はもちろん、経営戦略といったノウハウ(知識、方法)も学びます。ただ、情報はいくらでも手に入る時代。私たちが大切にしているのは、自分が知らなかった自分について知ることです。


みなさん「絶対に事業を成功させる!」と熱く考えています。でも「この部分で経験が足りなかった」「こんなやりかたもあるんだ」など、実は知らなかったことがたくさんあることに気がつきます。


ビジネスとは、そのときは最新でも、何年か経つと古いテクノロジーになってしまいがちです。先々も可能性のあるビジネスであるため、私たちは起業家に「なぜ、そのビジネスなのか」ということを深掘りします。シリコンバレーでは、根性のある、ある意味クレイジーな起業家にはいくらでも外から手が差し伸べられますからね。とんがったタイプの起業家を評価しています。

WSLからは、これまでどんな起業家たちが巣立っていきましたか?


2017年韓国ソウルで開催された講演。女性起業家の支援と環境をつくっていくためのムーブメントを起こしていくための手段の一つとして数々の大きな国際会議で登壇している

印象深いところでは、目の網膜に細く弱いレーザーを投影することで、近視、乱視、遠視、老眼などの人がすっきりとした映像を見られるメガネを開発した会社。


レンズに液体を入れることで、自分で度数を調節できるメガネを作った会社もあります。低価格なので、メガネが高価で買えないといった貧しい国の子どもたちでも自分に合ったものを使うことができます。


人と人をつなぐ仕事で「使わなくなったおもちゃを、ほかの子どもに貸し出す」ことを事業化した人もいました。


ボートのオーナーたちが、操縦免許は持っているけどボートを買うお金はないという人たちに向けて、「ボートを貸し出す」事業を始めた人もいます。彼女は、今やその市場でアメリカNo.1です。


ほかにもSNSを活用したビジネスや、便利なテクノロジーもたくさん開発され、社会に貢献しています。もう数えきれないですね(笑)。

自分で仕事を作り出したり、会社を起こしたり。「起業」って、どんな魅力があるのでしょうか?


2022年6月、日本で「女子高校生の起業体験プログラム」を開催。「女性が起業家にならないのは、女性の遺伝子のせいではなく、社会がそうさせているのです。女性が発言しないのは、発言するとさんざんたたかれるから、もう発言しなくなっているのです。彼女たちには『世界は広い』ということを知ってほしい」

起業とは「自分の未来を自分で作る」こと。まだ学生だから、東京にいないから、シリコンバレーにいないから、ママだからといって、できないことはないと思います。


よく「起業って大変だよね」といった言葉を耳にします。しかし大きな会社の社員になっても、どんな仕事に就いても、大変なときは大変なものですよね。やりがいのある仕事での「大変」と、やりがいのない仕事での「大変」では、意味あいがだいぶ変わってきます。前者の「大変」には「HOPE(希望)」があり「学び」があります。自分が信じた場所で、一生懸命「大変」にチャレンジし続けられるのは、実はとても楽しいことだと思うのです。


起業への考え方を変えてみましょう。趣味からもビジネスは始められます。スマホのアプリを使って、一晩で事業を立ち上げることも可能。折り紙の折り方を教えることだって、お金を払って学びたいという人がいればビジネスにできます。英語が話せなくても翻訳ツールがたくさんあり海外でビジネスができる時代。やり直しもできます。起業は学びでしかありません。


自分の起業が誰かの役に立ったり、社会に貢献できたりしたら、もう思い残すことはないくらいうれしいもの。私はそうなのです。たくさんの人にこの思いを体験してほしいと思っているのです。

取材・文/三宅智佳

写真提供/Women’s Startup Lab