映画やドラマに引っ張りだこ 人気フードスタイリストの技と工夫

2022.05.02 わたしのしごと道

[フードスタイリスト]飯島奈美(いいじま なみ)さん

1969年東京都生まれ。映画、テレビCM、広告、雑誌、食堂、イベントなど食に関するさまざまな分野で幅広く活躍。映画『かもめ食堂』『めがね』『東京タワー オカンとボクと、時々、オトン』『南極料理人』『そして父になる』『海街diary』、ドラマ『深夜食堂』『ごちそうさん』『大豆田とわ子と三人の元夫』、著書に『LIFE なんでもない日、おめでとう!のごはん。』(ほぼ日)、『シネマ食堂』(朝日新聞出版)、『沢村貞子の献立 料理・飯島奈美』(リトルモア)、『ご飯の島の美味しい話』(幻冬舎)など多数。代表を務める「7days kitchen」プロデュースの調味料も販売。

フードスタイリストとは、どういった仕事なのでしょうか?


映画やドラマ、CMなどで場面(シーン)の設定に合わせて、食器や料理を提案し、作って出すのが仕事です。料理を作る設定の場合は、鍋などの調理器具も用意します。基本的にはおうちで食べるごはんやレストランの料理と変わりませんが、映像では短い時間しか映らないことも多いので、ひと目でどんな料理かがわかるように少しだけ工夫します。

撮影に使う必須道具。料理に汁を足すときに細かな具が入らないようにするこし器。ラーメンのスープなどを飲むシーンで熱すぎないか測る温度計。具を傷つけないシリコンのお玉、食べやすく麺を切る小さなはさみ、乾いた部分に照りを出す刷毛(はけ)、切った断面をきれいにするヘラ、具材を入れた容器に料理名を書くためのペンなど

例えば前日にカレーを作っておくと、具のジャガイモやニンジンがカレールーと同じ色になってしまいます。そこで肉とタマネギだけのカレーを作っておいて、ルーの一部をスープでうすめてニンジン、ジャガイモを別に煮ておきます。撮影のときは、その彩り鮮やかな具材を加えて盛りつけると、とてもおいしそうに映ります。リアルさを求めるときには普通に作る場合もあります。現場はたくさんのシーンを撮影するので、いつも時間が足りません。当日に料理を作っていては間に合わないので、事前に仕込みをしてしっかり準備をしておくわけです。


当日はスタジオの端にテーブルを用意してもらい、2~4人のスタッフと調理をしていきますが、撮影が始まったら、声を録音しているので本番中に音を立てるのは厳禁。常に周りの様子を見ながら、言われた時にパッとおいしい状態で出せるように作業しています。

映画やドラマでは、「料理に演じさせる」そうですね。それはどういうことですか?


ドラマ『深夜食堂』は繁華街の路地裏にたたずむ深夜だけに営業する食堂という設定。飯島さんが作った「豚汁」と「タコさんウインナー」は、ドラマの中で最も象徴的な料理。©2009 安倍夜郎・小学館/「深夜食堂」製作委員会

映画やドラマでは、台本をよく読んで監督やプロデューサーのお話から食器や料理の提案をします。美術さんにお任せすることもありますが、登場人物の年収、服の趣味、インテリア、性格、家族構成といった物語の設定に沿って用意します。


料理は、食べる人が「よし頑張ろう」という気分になったり、「亡くなった人を思い出して寂しい」、「作ってくれた優しさがしみる」とか、感情を表現するシーンに多く登場します。そこできんぴら一つとっても、田舎のおばあちゃんが作るとしたら、太いささがきにしてニンジン、ゴボウを炒めて砂糖としょうゆで甘辛く味付けします。でも若い人が作るなら、ゴボウとニンジンを細く切って塩や薄口しょうゆ、みりんであっさり仕上げてもいいかもしれません。材料の切り方から味付け、器まで、設定に合わせて変える必要があります。


私は“さまざまな設定の人が作る料理”を作るわけです。料理を提案するときには、だいぶ悩みますね。

小さい頃からお台所が好きだったとか。フードスタイリストの道を選ばれたきっかけはどういうことだったのでしょうか?


「ビーフストロガノフとか、フレンチの何とかとか、誰が見ても不自然じゃないものを作るためにいろいろ調べました。当時はインターネットもないので、夜遅くまでやっている書店で、3000~4000円する洋書をその1ページのために買っていましたね」

台所仕事を手伝うと母にほめられたので、小さい頃から料理が好きでした。 私は飽きやすい性格だと思ったので、自分が好きな料理を仕事にしたいと思い、栄養士の学校に行きました。 すてきな料理雑誌のページにフードコーディネーターという文字を見つけて、「こんな仕事をしてみたい!」とひらめいたんです。


20歳の頃、アルバイト情報誌で「料理の編集募集」という欄を見つけて、面接に行ってみたところ、「あなたは編集じゃなくて料理を作りたいんでしょ?」と、知り合いのフードコーディネーターの会社を紹介してくれました。翌日からそこで働くことになり、先生の元についてアシスタントをする日々が始まりました。ところが料理を担当していた先輩が急に辞めて、私が料理を主に作ることになりました。作ったこともない料理を作らなきゃならなくて、カルチャーセンターや、有名シェフの1日料理教室に行ってみたり、本当にプレッシャーでした。やがて独立して、初めて映画『かもめ食堂』に関わることになりました。

「飯島さんの料理はおいしい」と評判です。何か秘密があるのでしょうか?


映画『南極料理人』。南極観測隊の料理人としてやってきた西村ら、8人の男たちが、限られた生活の中で食事を別格の楽しみとして過ごす。写真は伊勢海老のエビフライ。和牛、フォアグラを使った豪華な料理から、おにぎりやラーメンといった身近な料理を手掛けた(監督:沖田修一 Blu-ray・DVD 発売中 発売・販売元:バンダイナムコ フィルムワークス/©2009『南極料理人』製作委員会)

CMなどで「おいしそうな艶(つや)が欲しい」とリクエストがあったとき、光の当たる場所にだけ、ほんの少し刷毛でおしょうゆや油を塗ることがあります。水や油をたくさん塗る場合もあると思いますが、私はおすし屋さんが使っているような刷毛で自然な艶に見えるよう、ちょっと塗る程度にしていました。すると撮っているカメラマンさんが「撮ったあとで食べたい」と言ってくれたり、現場で役者さんから「すごくおいしそう」とか、「食べたいから取っておいて」と言われることが結構あったんです。そうなると、おいしくなく作るっていうのが難しい(笑)。


私自身、おいしいものを食べることも食べさせることも大好きなので、もともとひと手間ふた手間は全然苦にならないんです。工夫することが習慣になっていますね。


それに、もったいないじゃないですか。撮り直すことも想定して食材をたくさん用意しているし、できればみんなに食べてほしくて、下ごしらえしたものは調理して、お昼ご飯のときに「一緒に食べてください」って出しています。残った素材もみんなに持って帰ってもらっています。ただ今はコロナ禍で配ってはいけないときもあるため心が痛いです。

料理本の出版や期間限定の食堂を開くなど、「食」に関するさまざまな仕事もされています。それはなぜですか?


(上・中)料理本『シネマ食堂』では、映画に登場する料理を再現。『かもめ食堂』の「おにぎり」、『めがね』の「ハマダのちらしずし」といったレシピが掲載されている。(下)撮影で使う食器はリース屋さんで借りることも多い。「だいたいどこに何があるか、頭に入っています(笑)」(写真:山崎エリナ)

料理本は、「スクリーンに映った料理をじっくり見てみたい」「自分でも作ってみたい」という声に応えてのものです。私の特徴は、設定によって料理を作れることだと思うので、設定として“みんなで作った餃子(ぎょうざ)”みたいな思い出を料理の本に込められたらステキなんじゃないかと思い、『LIFE なんでもない日、おめでとう!のごはん。』という家庭料理のレシピ本ができました。たくさんの人が好きな味をレシピにしたくて、人気の料理店を食べ歩きました。本当においしいと思えたレシピを皆さんにも再現してもらえるよう、何度も試作をしました。


ただどんな仕事をしても、「自分は料理人の修業もしてないのに、レストランの設定で料理を出していいのかな」という思いがあって、どこか自信を持てずにいました。でも友人のレストランや喫茶店で、期間限定の食堂を開いて料理をお出ししたときに、お客様が喜んでいる様子を直接見られて、ようやく少し胸を張ることができました。

料理が好きな子、「食」の仕事をしたいと思っている子へ、どのようなアドバイスをされますか?


仕事とは、期待や要望に応えて依頼してくれた方の役に立つことだと思っているので、どんな方法でより良くなるのかをいつも考えています。そういう発想があったら楽しいし、頼んでくれた人も喜んでくれるだろうと思っています

私は、取材や撮影で食材の生産者さんや伝統工芸の職人さんにお会いする機会も多く、地方の年配の方に料理を教えてもらい、切り方、火の入れ方、調味料を入れる順番で、同じ料理でも変化をつけられることを知りました。今でも薬膳を勉強したり、インドカレー、フランス料理、韓国料理、お菓子などの作り方を人に教わったりするのが好きです。


皆さんも自分の好きな料理だけではなく、家族、友人、先生の好きな食べものに興味を持って、食べたり、食べてもらったりして、たくさんの経験をしてほしいです。みんなが喜んでくれるとうれしくなって、もっとたくさんの料理を学びたいと思うはずです。そうしたら私の会社に研修に来てください。楽しんで一緒に料理を学びましょう。

取材協力/東京テアトル バンダイナムコ アミューズ

取材・文/おしごとはくぶつかん編集部 写真/門間新弥