農園で婚活?「農サービス」で農と都市をつなぐ

2019.11.29 わたしのしごと道

[コミュニティー農園運営]小野 淳(おの あつし)さん

1974年神奈川県生まれ。大学卒業後、テレビディレクターとして環境問題のドキュメンタリー番組などを制作。2004年に農業生産法人に転職し、農作物の生産、流通などに携わる。14年(株)農天気設立。市民農園を運営しながら収穫体験、バーベキュー、忍者体験、婚活などのイベントを開催。理事長を務めるNPO法人くにたち農園の会では、貸農園、子育て支援、インバウンド観光など幅広い農サービスを提供している。NHK・BSプレミアム「菜園ライフ」監修。著書に『都市農業必携ガイド』(農文協)、『東京農業クリエイターズ』(イカロス出版)など。

貸農園、収穫体験、婚活イベントなど幅広い農サービスに取り組んでいらっしゃいます。一般的な農業との違いはどんな点でしょうか?


「農林水産省はじめ、いろいろな機関が体験型の農業を推進しています、農産業のなかで主流にはならないまでも、ある程度の位置を占めると思っています」

わかりにくいですよね(笑)。ほとんどの人が、いまだに「農業」「農地」「農家」の3つがセットだと思い込んでいます。「農業」は仕事の内容、「農地」は仕事をする場所、「農家」は仕事をする人です。今までは「土地を持っている人」が「自分の土地で農業をする」のが普通だったのですが、活用されていない土地を使うことができれば、誰でも農業をできる可能性がこの10年ぐらいで広がりました。

 

畑に種をまいて育て、収穫して売るだけが農業ではなく、植木を育てるのも、動物を飼うのも農業です。もっと言えば、畑で収穫体験イベントをやるのも農業です。「採れたての野菜をその場で味わえる」と聞けばそこに行きますよね。自分で収穫した野菜で、ピザ窯で焼いたピザを食べることができ、さらにヒツジやザリガニもいると魅力的でしょ(笑)。半日過ごして 5000円でも高くないと感じる。それが農的なサービスになるわけです。

農業を軸としながら、どのような仕事をされているのか具体的に教えてもらえますか?


コミュニティー農園「くにたち はたけんぼ」を子育て広場として解放。この日も多くの親子連れが参加。畑のなかにある小屋で「木工カメラ」を制作したり、畑や小川で遊んだりしてからお弁当を食べて解散

 

仕事として目指しているのは、都会的な暮らしをしている人が、農業や農的なものと接点を持てるように道筋を作ることです。ひとことで言うなら「農と都市をつなぐ」こと。そのために3つの段階を意識しています。 

 

「農業について知ってもらう」
SNS で情報を発信したり、雑誌に記事を書いたり、本を出したりしていますが、それは農業について広く知ってもらうための活動です。

 

「畑や田んぼで農的なものに触れてもらう」
市民農園を借りたり、収穫イベントに参加したりするのが一般的な農体験ですが、もっと気軽に畑に関わってもらいたい。例えば畑を子育て中の親子に広場として解放したり、小学生が忍者体験をやったり、大人向けに婚活を企画したりしています。

 

「農を暮らしに取り入れる」
農が日常的に身近にある暮らし、すなわち「農ライフ」です(笑)。収穫したものを家に持ち帰って料理し、さらに自分で育ててみる。その延長で仕事にしていくことも含みます。

 

農と全く接点のない人に、ライフステージやライフスタイルに合わせて、この3つの段階をベースにしたサービスを提供するのが私の仕事です。

人と農業をつなげるには、「都市農園」がキーワードですね。普通の人が畑に行くことで、農業に興味がわいたり、関心を持ったりするようになりますか?


「畑に来る目的が農作業ではなく、ただ遊びに来たり、忍者体験をしたり、収穫後のビールを飲みたかったりでいい。農とつながることで、日常では見たことがないものを見たり、普段触らないことを触ったりすることができます」

 

興味関心を強く持ってもらう必要はないんです。おいしいものを食べてもらえるだけでいい。おいしいしいものを出せば関心を持つようになります。みんな自分で収穫したものは、うそのようにおいしそうに食べるんですよ。 

 

ここに来る子どもたちは「初めてナスを食べた」「嫌いなトマトを食べた」ということが珍しくなくて。例えば食卓で出てくるニンジンは切られたものがほとんどで、子どもにとっては苦くてまずいものかもしれません。でも畑に来ることで「ニンジンは根っこで、そこから茎が出て、きれいな花が咲いて、種ができて、さらにニンジンが育つ」ことを知ります。そこで初めてニンジンは生き物だとわかります 。

 

都会的な規範の中だと地面に落ちているものは食べないし、ウンチはきたないものですが、ここに来ると、野菜は土の中にあるし、おいしい野菜を作るには動物のウンチが役に立つ。都市農園は普段みんなが「当たり前」だと思い込んでいる枠を外していく機能があると感じています。

テレビの制作会社に勤務されていましたが、農園経営という転職は大転換ですね。農園を始めたいと思ったきっかけは何でしょうか?


馬小屋の前で。「いつも遊んでいた空き地が、いつのまにか立ち入り禁止になって家が建っていく子ども時代。『大好きな虫が採れないじゃねえかよ』と、腹立たしくて(笑)。その感覚を引きずっていて、まさに町の中で虫が取れる空き地を作りたかった」

私は高度成長期直後の第二次ベビーブーム世代。「勉強していい大学に入って就職すれば、35年ローンの家を買えて結婚できる」という価値観の中で、生きづらさを感じていました。大学では探検部に入り、アマゾンや紛争地帯に行くのが自分の中でしっくりきて。その生活を続けたいという理由で、自然やドキュメンタリーを扱うテレビ制作会社に入りました。

 

当時の私は夜も昼もない都会暮らしで、食べるものはジャンクフード。ところがやっている仕事では「途上国では環境問題があって、そこで頑張っている人々がいます」という予算がたくさん付いた番組で。あまりにもギャップが大きい。

    

物事を知っているような顔をして情報発信をしている人たちが、自分も含めて実は何も分かっていない可能性が高い。そのことが世界に起きているいろいろな課題を深刻化させている一因であると感じ、これはまずいと思い転職したんです。ちょうど30歳の時です。「この世界はどうなっているのか」「私たちの体はどうなっているのか」ということを、自分自身に問いかけたのがきっかけですね。

収穫体験から子育て支援まで、自然を媒体としながらも、いろいろな人と関わる仕事です。コミュニケーションをとるときに気を付けていることはありますか?


畑のそばを流れる小川には、ザリガニ、ドジョウ、ヘビなどの生き物も。「都市は人間が生きていくことしか想定していない特殊な空間で、人間が世界の全てのように感じています。ここにいるヒツジもザリガニも人間の道徳や正しさに関係なく行動しています。当たり前ですが(笑)。それは非日常を生む、いいきっかけになります」

気を使っていますよ(笑)。特に地域では町内会活動や消防団などのボランティア活動に積極的に参加しています。「あの人は勝手やっている。でも悪いやつじゃないらしい」と思ってもらえたらいいですね。大体、こういう場所でこういう格好している時点で普通の話が通じるとは、みんな期待していないでしょう(笑)。

 

子どもには「大人はこう言うよね」という常識的なことを言わないようにしています。例えば「命は大事だから虫を殺したらかわいそう」ではなく、「害虫だからすぐ殺して」「君が殺さないなら僕が代わりに殺すよ」というコミュニケーションです。「動物のウンチを見たら触れ」とも(笑)。

 

僕の中に「そんな大人に出会いたかった」という願望があるのかもしれません。今の子どもは「ダメ」と言われることが増えています。でもなぜダメなのか説明できる大人は少ない。都市農園は街と隣接はしていますが、都会のルールとは違います。違う国に行ったら違うルールがあるように、価値観はひとつではないということを体感してほしい。

農業や農的なものに興味を持っている子に、伝えたいメッセージはありますか?


「都市農園に来る子どもたちから『子どもの頃に、親と一緒に行ったあそこは何だったんだ』と振り返ったときに、『ああいう場所が欲しい』と思うような子が出てきてほしい。それがこれからの都市のあり方に影響を与えていくでしょう」

 

農業に限らず、これから職業選択をするときに「職業ありき」で考える必要はありません。「興味がある、やってみたい」ことがあるときに、「どうやったら価値を伝えられるか」が重要だと思っています。SNSなどを駆使して多くの人にアピールして、注目を浴びることができれば、人が集まってくるサイクルができます。「それに興味がある!」という人にサービスを提供することができれば、仕事として成立するのです。そのためには、他にはないチャーミングなものである必要がありますが。

 

今はただ、自分が見ているものは小さい世界だということを自覚して、「どうしたら小さな世界の外側を見ることができるか」を考えてほしい。遠くに行かなくてもいいんです。虫や動物などの生き物と関わったり、お花に水をやったりするだけでもいい。世の中の大人が言っていることや、自分が生きている世界が「当たり前ではない」と気付けるチャンスが増えると思います。

取材・文/米原晶子 写真/村上宗一郎