助産師 のしごと

2024.11.15 紹介します○○のしごと

助産師で、聖母病院産婦人科副師長の大谷紗弥子さん
年間およそ1千件のお産にたずさわっているという大谷さん=東京都新宿区
助産師で、聖母病院産婦人科副師長の大谷紗弥子さん

大谷紗弥子さん

聖母病院(東京都新宿区)産婦人科副師長

母子の命と健康 この手で支える

助産師の仕事は「妊娠から出産、育児に至るまで、母子の健康をサポートすること」です。

聖母病院で働く大谷さんは、妊娠中から母子が退院するまでをサポートしています。正常なお産になるよう、妊婦さんに対して、食事や運動などの生活指導を行うのも仕事の一つ。妊婦さん一人ひとりの生活習慣に合わせ、実現できる指導をします。

例えば、働いていて、食事をつくることが大きな負担になっている妊婦さんには、無理のない範囲で、バランスの良い食事に近づけるよう、外食のメニューやお店で売っているお総菜を選ぶポイントを助言します。

お産の時は、母子の状態に神経を集中させます。大谷さんは、おなかの赤ちゃんの心拍数が下がるなど、異常が起きる前ぶれがないかを観察し、適切ですばやい対応をするための動きを常にシミュレーションしています。

「時には、赤ちゃんの頭に吸引カップをつけ、引っ張ることでお産を助けるような場面もあります。医師の指示を受ける前から、緊急時に備えて行動できるようにしています」

具合の悪い赤ちゃんが生まれる可能性も考えて、ほかの部署とやりとりしながら協力して動くことも大事なのだそうです。

あゆみ

1983年
青森県生まれ
小学校時代
父の仕事の都合で転校が多く、新しい環境に慣れるのが得意でした
中学校時代
数学が得意。水泳部に入り、水の中で考えごとをするのが好きでした
高校時代
進学校に合格した安心感で遊びまくり、成績は最下位レベルに。医療系大学を目指して、2年生のときから勉強にはげみました
大学時代
弘前大学(青森県)医学部の保健学科看護学専攻で学んだあと、助産師になるために京都大学医療技術短期大学部専攻科に進学しました。慣れない環境とハードスケジュールで、つらかった思い出ばかりです
社会人時代~現在 
聖母病院に助産師として就職。「患者さんのことを理解していれば、言われなくても、必要なサポートを提供できます。それがプロです」という先輩の言葉に心を打たれ、今もその言葉を胸に働いています
やりがいや苦労

過酷さの先にお母さんの笑顔

「赤ちゃんの動きが少なくて心配」「おなかが張っている」など、妊婦さんからの電話相談を受けるのも、助産師の仕事。母子の状態が正常か異常かを判断し、受診の目安を伝えますが、「こう言ってあげたほうが、お母さんは安心したかもしれないと、数日間なやむこともあります」。大谷さんは、24時間365日、自分の行った指導やケアが、妊婦さんにどう影響をおよぼしたかを考えています。

母子の命を預かる助産師の仕事は過酷です。しかし、「出産を終えたお母さんの達成感あふれる笑顔を見た瞬間」に、やりがいを感じるそうです。

なるためには?

日本では、助産師になれるのは女性だけです。大学の看護学部・学科などの助産師養成課程に進み、看護師国家試験に合格して、さらに助産師国家試験に合格すると、助産師免許を取得できます。

助産師になっても、最新の医学的な知識や乳房ケアの技術、マタニティーヨガなどの勉強をし、能力を高める人は多いです。私も2年間職場を離れ、大学院で出産と女性の健康との関係について研究しました。

向いている人は?

コミュニケーション能力が高い人。さらに、お産をじっと待てる忍耐強さ、一つのことに打ちこめる集中力をあわせ持つ人が、助産師に向いています。

助産師で、聖母病院産婦人科副師長の大谷紗弥子さん

必要な道具は?

助産師にとって、手はとても大切な道具。お母さんの陣痛の強さを確認する時は手でおなかをさわりますし、赤ちゃんがいつ生まれるかを予測するため、指で内診もします。また陣痛の痛みがやわらぐよう、手の指紋がすりへるほど、お母さんの腰をマッサージします。赤ちゃんが生まれる瞬間も、手でサポートします。お母さんの体のきずを最小限にし、赤ちゃんを安全に取り上げるため、技をみがくのです。

2024.9.2付 朝日小学生新聞
構成・関田友衣

毎週月曜連載中の「教えて!〇〇のしごと」から記事を転載しています。
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