田中法子さん
外務省アジア大洋州局 日本ASEAN友好協力50周年特別首脳会議事務局 課長補佐世界とわたり合う「日本代表」
外務省では現在、約3500人が外国にある日本の大使館などに、約2800人が東京・霞が関にある本省に勤めています。田中さんは本省で働く外交官。外国のトップを日本にまねいて会議をするための準備をする部署で働いています。
今は12月に東京で開かれる予定の「日本ASEAN(東南アジア諸国連合)友好協力50周年特別首脳会議」に向けて準備中です。日本と東南アジアの国ぐにとのつながりを調べたり、50周年につながる話題を探したりしています。
大切にしていることは「相手の国の文化、宗教、歴史を知って尊重すること」。そして、今の日本の姿を知ってもらうことです。
田中さんは今年5月、広島で開かれた主要7か国首脳会議(G7サミット)で、各国トップの家族に日本の文化や食などを体験してもらうプログラムを担当。広島市出身の田中さんは、広島のまちを思いえがきながら、「平和」を企画の軸に考えました。世界遺産である厳島神社と平和記念公園をたずねたり、地元の大学生と平和をテーマに交流するシンポジウムを開いたりしました。
「みなさんが広島のことを知ろう、歴史を学ぼう、という気持ちを持ってくださっていた」とふり返ります。
- 1975年
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広島県生まれ
- 小学校時代
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合唱団に入っていました。思い出は平和記念式典で歌ったこと
- 中学校時代
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中高一貫の女子校に進学。2年生のときに美術部から生物部に転部
- 高校時代
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硬式テニス部ができたので入部。部長も務めました。センター試験(今の共通テスト)で数学のマークシートを失敗。理系の学部をあきらめました
- 大学・大学院時代
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広島大学の教育学部で英語教育を学びました。塾のアルバイトや教育実習が思い出です。大学院では、外国語を教えたり学んだりすることがどのように社会に影響するかについて研究。イギリス(英国)やオランダの大学院でも学び、教育学の博士号を取得しました
- 社会人時代
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2004年から2年間、英国の日本大使館で専門調査員に。日本映画の上映会などを企画したことがきっかけで、外務省で働くことをめざし、07年に外務省に入省しました
政府の立場 自ら説明する責任
各国のトップが話し合う場をつくるほか、自ら国際連合などの国際会議に出席するのも外交官の仕事です。外国とのつながりを持ち、協力して課題を解決していけるように助けます。
世界中のことをあつかうため、「1人で担当する仕事のスケールが大きい」と田中さん。国際会議の場では、日本政府の立場を代表して説明することもあります。手を挙げると議長から「ジャパン」と指名されます。説明したことが決議案にのることも。「国を代表する責任も感じますが、自分の言葉で説明していくというやりがいもある」といいます。
なるためは?
国家公務員のための試験や、外務省専門職員のための試験を受けると外交官への道が開けます。社会人から転職する人もいます。外国語力も必要ですが、外交官になった際、必ずしも自分の得意な言語が生かせるとは限りません。外国の外交官には複数の言語を話せる人もいます。
世界にはいろいろな言語があり、多様な文化や歴史があります。言葉を切り口にして、その背景にある歴史や文化をいっしょに学んでください。
もっと知るには
まんがの『パタリロ!』と『紛争でしたら八田まで』(田素弘/講談社)はおもしろいです。外交官の仕事がわかるものではないですが、世界の動きの裏には、いろいろな人の考えがあるんだなと想像力が働きます。
おしごとあるある
テレビのニュースなどで、外国のトップどうしが話し合う首脳会談の映像が映ったときは、各国の首脳のうしろにいる通訳さんを見てしまいます。知っている人がいると「あ、○○さん元気そうだな」と確認します。通訳は外務省の専門職員が務める重要な役割のひとつです。
あとは、机やいすの向きや位置、各国の首脳が座る席の順番にも注目します。その会談で重要とされたことが表れているな、と感じるからです。
2023.9.4付 朝日小学生新聞
構成・小川しおり
毎週月曜連載中の「教えて!〇〇のしごと」から記事を転載しています。
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