不思議なマスクをして何かを磨いているあのひと、何してる?

2025.03.31 あのひと何してる?

理美容ハサミ職人がハサミを磨いている画像

理美容(りびよう)ハサミ職人

お店で髪を切るときに、理容師さんや美容師さんが変わった形のハサミを手にしているのを見たことはあるかな? プロが使う理美容ハサミは、私たちが家で使うものとは違い、職人さんの手で1つひとつ丁寧に作られているんだ。写真は、理美容ハサミ職人がハサミを磨(みが)き、形を整えているところ。不思議なマスクは「防じんマスク」といって、ほこりやチリを吸い込まないようにつけているよ。(写真提供/キクイシザース、撮影地はいずれも和歌山県和歌山市)

プロの好みに合わせた“切れ味”を追求する職人技


理美容ハサミは、お客さんである理容師さんや美容師さんの注文を受けてから作ります。中でもお客さんの要望に応じて作るオーダーメイドの場合、どのようなカットに使用するかといった目的に加え、手にしたときにしっくりくるハンドル(持ち手)の形、求める切れ味に合わせた刃の長さ・厚み・幅・丸みなどを細かく確認します。

理美容ハサミ職人がハサミをたたいている画像

ハンマーでハサミをたたいて調整している様子。購入後のメンテナンスも受けている

ハサミができるまでには、いくつもの工程があります。まず、刃と持ち手の部分を「溶接(ようせつ=金属どうしを溶かしてくっつける)」します。次に、砥石(といし=刃物や石材を研ぎ、磨く石)や研磨ベルトと呼ばれる道具を使って溶接した部分を削り、形を整えたら、表面を美しく磨き上げ、ハンマーでハサミをたたいてゆがみを調整します。最後に2枚の刃を重ねてネジで留めて、切れ味を確認したら完成。およそ1カ月でお客さんの元へ届きます。


中でももっとも難しく、技術を必要とするのが、ハサミをたたく工程です。理美容ハサミは、刃元から刃先にかけて、わずかにカーブしています。これによって、刃と刃の間にわずかなすき間が生まれ、スムーズに開閉できます。また、根元から刃先まで力を均一に加えられ、切れ味のいいハサミに仕上がります。職人は、刃の先端と根元でたたく強さを変えながら、適度な曲線になるよう調整します。とても繊細で、熟練した技術とセンスが求められる難しい作業です。


全ての工程を1人の職人がこなすわけではありません。工程ごとに担当が異なり、チームで1つのハサミを作り上げていきます。若手の職人にさまざまな作業を経験してもらうため、複数の工程をローテーションで担当しながら技術を伝えていきます。


理美容ハサミはステンレス製が一般的ですが、プロのこだわりに合わせてさまざまな合金が使われています。さびずに切れ味が長続きする材質「コバルト基合金(きごうきん)」もそのひとつ。特殊な合金はステンレスと比べて加工が難しいものも多く、職人の優れた技術力が求められます。

理美容ハサミの画像

さびない材質「コバルト基合金」を使った「コバルトシザー」

切れ味や使いやすさを追求した理美容ハサミ。使う人たちからは、「シンプルで使いやすい形に美しさを感じる」「ハサミでカットの仕上がりがこんなに変わるのかと驚いた」などの感想をもらうことも。「使いやすいハサミのおかげで仕事が楽になった」という言葉をもらえたときに大きなやりがいを感じるそうです。


「切れ味」は、数字では表せません。寄せられた要望に応えられるものづくりができるよう、職人たちは日々技術の向上に励んでいます。


理容師や美容師の仕事は想像できても、「その人たちが使うハサミを作る仕事」は、あまり知られていないかもしれません。興味のある人は、工房見学をしてみるのがおすすめです。金属加工の工場というと大きな機械を使って製造するイメージを持つかもしれませんが、仕事を実際に目にすると、手作業による工芸的なものづくりの現場であることがわかるでしょう。

どうしたら理美容ハサミ職人になれるの?


理美容ハサミ職人になるために必要な資格はありませんが、金属工芸を学べる美術大学や専門学校に進むのも1つの方法です。ただし、もっとも大切なのは、仕事を始めてからコツコツと学び続ける姿勢です。

協力/キクイシザース

取材・文/かたおか由衣