方言指導者(ほうげんしどうしゃ)
ドラマや映画などの登場人物が、聞き慣れない響きの話し方をしているのを聞いたことがあるかな? 一般に、東京で使われている日本全国に通じる話し方は「標準語」。一方、特定の地域で使われる話し方を「方言」というよ。その方言を教えているのが、方言指導者だ。写真は、大阪府大阪市で、台本を読みながら役者さんに方言指導をしている様子。主に関西で使われている「大阪弁」を例にとって、どんな仕事なのか紹介しよう。(写真提供/ベックエンターテイメント 撮影地はいずれも大阪府大阪市)
台本のセリフを方言に変換し役者へ指導。作品に説得力を与える
方言は、その土地ならではの魅力にあふれる言葉で、独特の温かみがあります。また、地域の文化や歴史を反映し、風土や暮らしを感じ取ることもできるでしょう。
方言指導者は、ドラマ、映画、舞台などの台本に書かれたセリフを標準語から変換し、役者へアクセントのつけ方やイントネーションを伝えるのが仕事です。
大阪弁の発音や地域ごとの特徴が記載されている、『大阪ことば事典』。脚本チェックで、方言に変換するときには欠かせない
例えば大阪弁の場合、ガ行を発音するときに鼻から抜けるような鼻濁音(びだくおん)がほとんどありません。標準語では「私が」というセリフの「が」は鼻濁音ですが、大阪弁でははっきりと発音します。また、摂津(せっつ=大阪北部)方言・河内(かわち=大阪中部、奈良県寄り)方言など地域によって違うので、使い分けも必要です。
さらに、時代設定や人物像などによってイントネーションや言葉づかいも変わります。大阪・船場で生まれ育った香村菊雄の随筆集『大阪慕情 船場ものがたり』(神戸新聞出版センター)に登場する商家(しょうか=商人の家、商売をする家)の女性のセリフを例にとると、時代によって次のように違います。
明治 「お日直りやして、とうないよろしごあんなぁ」
昭和前期 「ええお天気になりやして、ほんまによろしごわんなぁ」
昭和後期 「ええお天気になって、ほんまよろしおますなぁ」
令和「ええお天気になって、よかったなぁ」
方言指導者の活動として、大阪弁講演会の講師などを務めることも。言葉は日々変化するので、方言指導のポイントがノートにビッシリ
方言指導者は、その方言を使う人が違和感なくドラマや映画を見られることを基準に言葉を整えています。まず台本を読み込むことから取りかかり、監督やプロデューサーと打ち合わせをしてセリフを方言に書き換えます。
撮影現場から要望があれば、セリフを録音して役者に渡すこともあります。その方法は、同じセリフを「ゆっくり」「普通」「早く」の3パターンで録音する、もしくはゆっくりと一度だけ録音するなど方言指導者によって違います。役者は、音の上がり下がりを示す記号を台本に書き込む工夫もして方言のセリフを覚えます。
スタジオで役者の方言を確認中。現場でアドリブのセリフが出たときには、すぐさま方言に変換する
リハーサルや本番にも立ち会い、役者の方言に間違いがないか確認することも。一つの音に対して、「高く」「大きく」「弱く」「長く」など、役者がイメージしやすい言葉でイントネーションやアクセントを直接伝えます。
演技に感情を込めるのは役者の領域なので、方言指導は感情を抜いて、方言の正しい「音」だけを伝えることも重要。ただし、セリフは感情によって言い方やスピードが変わるため、役者が「こう表現したい」という思いをくみ取りアドバイスしています。
限られた時間でより良い作品を作るのは大変ですが、仕事のやりがいにも。ものづくりに対する真剣な姿勢が、より深みが増し説得力のある作品として全国の視聴者へと浸透するのです。
どうしたら方言指導者になれるの?
標準語のセリフを方言に変換するには、郷土の言語の知識に加え、芝居や演出の理解も必要。役者としての経験を積み、郷土の言語の勉強もした上で、方言指導者がいる芸能事務所に所属するのが一般的です。