音楽でプロを目指した高校生が、のちに起業家に。町工場、製造業を支える理由

2022.12.26 わたしのしごと道

[キャディ株式会社 代表取締役] 加藤勇志郎(かとう ゆうしろう)さん

1991年生まれ。東京大学経済学部卒業後、マッキンゼー・アンド・カンパニーに入社。2016年に同社マネージャーとして日本、中国、アメリカ、オランダなど、グローバルな製造業メーカーを多方面から支援するプロジェクトをリード。特に重工業、大型輸送機器、建設機械、医療機器などの大手メーカーに対して購買・調達改革をサポート。17年11月にキャディ株式会社を創業。

製造業を支える会社を起業されました。モノづくりの現場である町工場に注目した理由は?


消費者のもとにモノが届くまでに、「調達(部品を買う)→生産(製造・組み立て)→物流(運ぶ)→販売」という大きな供給の流れがあります。その中で、「調達」分野における非効率で不合理なところを、産業構造を変革することで解決したいと思い起業しました。

キャディは「モノづくり産業のポテンシャルを解放する」というミッションを掲げている。「モノづくり産業を、より魅力的な業界にしたいと考えていています」(加藤さん)

日本経済が30年間成長していない中で、町工場(製造業)の約半分が倒産・廃業していると言われています。特に日本の多くの町工場は、ひとつの会社に売り上げのほとんどを依存している下請け構造で、取引先の会社がつぶれたり、発注を減らされたりすると、とたんに経営が苦しくなります。町工場はそれぞれに得意な製品があり、ポテンシャル(潜在能力)があるはず。下請け構造から、強みをベースにしたフラットな構造にしていきたいんです。

キャディは具体的にどのようなことをする会社ですか? 町工場にとってどのようなメリットがあるのでしょうか?


「キャディドロワー」の検索画面。類似図面を簡単に検索でき、部品調達にも役立つ(画像提供:キャディ)

大きく2本の柱があります。ひとつは「CADDi MANUFACTURING (キャディ マニュファクチャリング)」という仕組み。品質やキャパシティなどが合う国内外のさまざまな加工工場(町工場)とパートナー契約を結び、産業機器メーカーからの依頼をもとに、最適な工場に部品を作ってもらい、キャディが検査をして納品するシステムです。


うちは製造工場を持っていませんが、依頼主からすると「キャディに依頼すると、品質のいいものが安く早く届く」というバーチャルファクトリー(仮想工場)のようなもの。町工場からすると、キャディを通じて、自分たちの強みに特化した製品を安定的に生産すること ができます。


もうひとつが「CADDi DRAWER(キャディ ドロワー)」です。製造業において最重要データと言われる図面には、寸法、記号、テキスト等の情報が記載されています。それを構造化されたデータとして蓄積・活用できるようにするクラウドサービスです。


例えば、車両メーカーが新しい車両を製作するとき。今までは過去の図面を一枚ずつ目視で確認する必要がありました。似たような図面を探し出すことや、再利用するにはハードルが高かったのですが、図面をデータ化して、「キャディ ドロワー」に入れておけば、文字やサイズなどの情報を自動的に検索して、最適な図面を引っ張り出すことができます。新しい車両の製造に生かすことができ、コスト削減にもつながります。

コンサルティング会社のマッキンゼーを経て、起業しようと思ったきっかけは? 


キャディには、町工場出身、メーカー出身の社員も多くいる。加工会社には社員が常駐して、生産管理システムを提供したり、効率的なモノづくりの支援をしたりして、産業全体のレベルアップを目指している(画像提供:キャディ)

大学生のときに、ジェネリック薬(後発医薬品)の治験(薬の効果や安全性を確認する)のサポートなど、個人事業のようなことをやっていました。その経験から事業に興味を持つようになり、より大きなチャレンジをしたかったのですが、それが何かわからなかったんです。


外資系コンサルティング会社のマッキンゼー・アンド・カンパニーに入社して、通信、製薬、物流、商社など、さまざまな産業の経営者をサポートしながら、社会課題を知ることができました。その中で一番「面白い」と思ったのが製造業でした。


私にとって「面白い」とは、「多くの人が関わっている大きな産業」「深い課題があるのに解決されずにいること」「日本に強みがあってグローバルな展開ができること」です。これらにあてはまる業界って実はほとんどなくて。チャレンジできることに意義があると思い、製造業で起業しようと決めました。

学生時代に、いちばん熱中したものはなんですか?


依頼された図面に合わせて製造したキャディの納品物。パートナーの経営者からは「半年から1年の短い期間で売り上げが良くなった」「ここまで一緒にモノ作りをしてくれるパートナーはいない」と言われるそう

小学生のときは野球を、中学校ではバレー部に入りましたが、途中で音楽に目覚めてバンドを始めました。高校生のときは音楽でプロになろうと思い、ライブに出たり、CD を出したりして、ほとんど家に帰らないような生活をしていました。


高校3年生の6月ぐらいに、親から「大学どうするの」と聞かれたので、「行かないよ」と言ったら、泣き崩れて「大学に入ったら何をやってもいいから、大学だけは行って」と言われて。半年間、音楽をやめて勉強をしました。ところが、大学に入って「ようやく音楽できる!」と思ってギターを弾いたんですが、まったく心に響かなくて。自由に音楽をやるために勉強したのに、脳みそが勉強によって侵食されたのかな(笑)。


大学では何かゼロから始めようと、体育会系のアイスホッケー部に入りました。事業に興味を持ち始めたのが1年生の9月頃。事業が面白くなってきて、体育会系の部活を続けるのはきつかったですね。

新しいことにチャレンジしていく中で、乗り越えなければいけない壁が出てきたときの気持ちの持ち方は?


二人で立ち上げたキャディは、5年でアルバイトを含め500人に急成長した。加藤さんは現在、社員の採用に力を入れている。「仮にキャディがうまくいかなくても、全員に別の会社を紹介できる。それくらい、モチベーションを含めて優秀な人を採用しています」

私は、やるべきことを淡々とやるタイプで(笑)。もちろん、うれしいことも、そうでないこともたくさんありますが、他の人と比べると、モチベーションの上下が少ないんです。鈍感力が強いのかな。ショックなことがあったときに、ダメージを受けるのは私も同じです。でもダイレクトに伝わらないようにハートにバリアをしているところはあるかもしれません。大変なときこそ「死ぬわけじゃない」って思うようにしていて。


自分がどんな状況でも、周りの条件は変わりません。プレッシャーがあるとき、「きつい」と思いながらやるのと、「大丈夫」と思いながらやるのでは、後者の方が圧倒的にパフォーマンスは良いので。事業でうまくいかないこと、人間関係のいざこざ、お客さんに怒られたことなど、「自分は大丈夫だ」って自分に言い聞かせています。

仕事でやりがいがあると感じるときとは? また、これからどんなチャレンジをしていきたいですか?


「自分が本当にやりたいこと、本当に面白いと思うことは、大人にダメって言われてもやったほうがいい。自分が大人になってわかりましたが、親や教師って社会のことを全部知っているわけではないですから。何かを選び取るときに、『他の人に言われたから』って言い訳にしてほしくないな」

人が自分のカラを破るとき、私もうれしくなります。例えば、壁にぶつかっている社員が、2年間苦しみながらずっとチャレンジし続け、ぐっと成長したとき。あるいは、パートナー契約をしている経営者が、最初は自分の会社をつぶそうと思っているくらい暗かったのに、可能性を信じて3カ月サポートしたら経営が良くなり、半年後には「目標を大きくしたい」とやる気がアップしたとき。そんな人が成長していく姿や、前向きに変わる瞬間を見ると、やりがいを感じます。


キャディは、創業から5年が経ちました。現在、私は自分がやっていたことを、できる他のメンバーに任せて、新しくて大きなチャレンジに時間を割いています。例えば、海外事業。タイやベトナム、アメリカでの事業展開を加速しています。海外事業をいかに成功させるかは、日本国内で展開するよりも不確実性があり、どうなるかわからない。でもワクワクして面白いですね。

取材・文/米原晶子  写真/門間新弥