食料問題を解決しバイオ燃料でジェット機を飛ばす。ユーグレナを相棒に世界の課題に挑むベンチャー起業家

2022.08.25 わたしのしごと道

[起業家 ユーグレナ社代表取締役社長 ]出雲充(いずも みつる)さん

1980年広島県生まれ。東京大学農学部卒業。大学在学中に「微細藻類ユーグレナ(和名:ミドリムシ)」が食料問題や環境問題を救う可能性を知る。2002年東京三菱銀行(現・三菱UFJ銀行)入行。1年後に退職し05年に株式会社ユーグレナを設立。同年12月、世界初のユーグレナの食用屋外大量培養に成功。食品、化粧品、燃料など数多くの分野で事業化を実現。世界経済フォーラム(ダボス会議)ヤンググローバルリーダー、第1回日本ベンチャー大賞「内閣総理大臣賞」受賞、第5回ジャパンSDGsアワード「SDGs推進本部長(内閣総理大臣)賞」受賞ほか、受賞歴多数。著書に『僕はミドリムシで世界を救うことに決めた。』(小学館新書)など。

出雲さんが起業したバイオテクノロジー(生物学の知識をもとに社会の役に立つ技術)のベンチャー企業*、ユーグレナ社とは、どんな会社なのでしょうか?


私たちは、サステナビリティー(持続可能性)が当たり前となる社会を実現するために、さまざまな事業を展開しています。


ユーグレナとは、昆布やワカメと同じ「藻」の一種です。光合成を行いながら、光を求めて動き回ることもでき、動物と植物の両方の特性を持つ、非常に珍しい生物です。人間が生活するうえで必要な59種類の栄養素も含まれています。可能性に満ちているので、研究開発をして、ユーグレナを手軽に取れるような健康食品や化粧品の開発、販売をしています。

(上)体長約0.05mmの微細藻類ユーグレナ。(下)2019年より本格稼働している日本初のバイオジェット・ディーゼル燃料製造実証プラント

使用済み食用油とユーグレナの油脂を原料に使用したバイオ燃料(資源からつくられる燃料)も製造、販売しています。2018年には日本初のバイオジェット・ディーゼル燃料製造実証プラントを完成させ、2021年には、このバイオジェット燃料を使用した航空機の初フライトを実現しました。今は実証段階ですが、2025年には商業プラントを完成させ、年間で25万キロリットル以上のバイオ燃料の製造を目指しています。


またバイオテクノロジーのベンチャー企業として、個人の遺伝子解析サービスなども行っています。

ベンチャー企業*とは
独自のアイデアや技術で新しい商品・サービス・事業などに挑戦する、成長過程の企業。

なぜベンチャーの起業家になろうと思ったのでしょうか? どんな経緯があったのでしょうか?


バングラデシュを訪れて。米があってカロリーは足りていても、タンパク質やミネラル、カロテノイド、不飽和脂肪酸といった栄養素が不足し、子どもたちは発育不全に陥っている現実を知る

私は高校生の頃から「貧困や飢餓で困っている人々を助けたい」と思っていました。そして大学1年生の時に初めて行ったバングラデシュ人民共和国(以下バングラデシュ)で、栄養問題に直面する子どもたちを目のあたりにして、この子たちを元気にするにはどうしたらいいんだろうと悩みました。


そこで栄養価の高いユーグレナに着目しました。ただ、ユーグレナは栄養価の高さゆえに、他の生物に食べられてしまいます。増やすことがとても難しく、多くの研究者が挑んできたもののなかなかうまくいきませんでした。それでも私はあきらめきれず、2005年に3人でユーグレナ社を起業。ユーグレナの食用屋外大量培養に取り組みました。何度も何度も失敗を繰り返し、その年の冬にようやく大量培養に成功したのです。


次にユーグレナの製品をつくって営業したものの、だれも買ってくれません。「前例がないので難しいです」、「他で契約が取れたらまた来てください」と、約3年間で500社に断られました。資金も底をつきかけた時、501社目で大手商社がパートナーとして開発資金を出資してくれました。

その後会社はどんどん大きくなり、今ではユーグレナグループで働く人はおよそ800人。時価総額も約1000億円です。どうしてこれほど成功したのでしょうか? 社長としてどのように仕事をしてきたのでしょうか?


売り上げの一部でバングラデシュの子どもたちにユーグレナ入りクッキーを届けている。配布数は累計1300万食を突破(2022年5月)。子どもたちの栄養問題も改善されている

「こんな会社に800人も人がいるなんてどういうこっちゃ」ってことですよね(笑)。


私はお金持ちになりたいと思って働いているわけではないんです。ユーグレナ社よりもITや、今ならYouTuber などのほうがもうかるって誰でも予想がつきます(笑)。「なんだかこれ、おかしいな」という社会課題を解決したくて起業したんです。


正直に言うと子どもたちの夢がなくなるかもしれないけれど、“社長は、夜レストランでおいしいものを食べている”、そんなイメージはドラマの中だけです。私は社長として誰よりも早く会社に来て働いています。800人もの仲間が一緒に働いてくれて、10万人を越す株主の方が会社を応援してくださっているのだから、こんなにありがたいことはないんです。自分が頑張れば頑張るほど、バングラデシュの子どもたちに届けるクッキーの量も増えます。会社の事業がうまくいけばいくほど、バイオ燃料の出荷量も増えていく。バイオ燃料の使用が加速すれば、それだけカーボンニュートラル(温室効果ガスの実質排出量ゼロ)の世界に近づき、最終的には地球温暖化問題の解決にも近づくわけです。


好きでやっていることだから全部楽しいんです。社長は何時間働いてもいいんですよ。

アントレプレナーシップ教育(起業家的な行動や能力のための教育)に力を入れていきたいそうですね。それはなぜですか?


経団連のスタートアップ*委員会の委員長も務め、政策提言や環境整備にも取り組む。「スタートアップやベンチャーを起業することは、すごくリスクがあると思われていますが、今後それが変わります」

私は1980年生まれですが、それ以降に生まれたいわゆるミレニアル世代(1980年~90年代半ば生まれ)とZ世代(1990年代半ば~2010年代初頭生まれ)の人たちには、人類史上なかった2つの特徴があります。1つめは、デジタルネイティブであること。小さい頃からパソコンやスマートフォンがあってデジタルが当たり前。2つめは、ソーシャルネイティブ(SNSなどのソーシャルメディアが普通に存在している)であること。


彼らは、人生100年時代といわれているのに、地球温暖化によって自分が生きている間に地球に住めなくなるかもしれない、食料や水が足りなくなるかもしれない、といった問題が目の前に迫っている世代です。お金もうけではなく、社会を良くすることや社会問題を解決するのが人生の当たり前になっている世代です。


だから社会を良くするために、これまで全く想像できなかった仕事を作るアントレプレナー(起業家)が、日本にもどんどん出てこないと困るわけです。その手助けをしたいし、「起業家をしている人がいる」「起業家という人生を目指してもいいんだ」ということを知ってほしい気持ちがあります。


起業家が新しい事業をはじめるときに、金融機関からお金を借りやすいよう政府に提言もしています。ようやく日本は今後5年間で、世界一起業しやすい国になります。起業は最高に面白いですよ。

スタートアップ*とは
短期間で急成長を果たす組織のこと。技術革新によって生活や社会の変革を目指す。

ユーグレナ社では、持続可能な未来を創っていく最高責任者として、CFO(Chief Future Officer:最高未来責任者)のポストを設置しているそうですね。応募要件は18歳以下だとか。どういった取り組みなのでしょうか?


中央が、2019年初代CFOの小澤杏子さん(当時高校2年生)

2019年から設置し今年で第3期目です。多い時には500人以上が手を挙げてくれました。


18歳以下にしているのには明確な狙いがあります。高校生以下の「未来の大人」を私たちは求めているのです。大学生なら、意欲次第で社会との接点作りが比較的可能です。しかし高・中・小学生は、「好きなテーマで大学の先生に話を聞きに行きたい」「起業したい」と思ってもどこに行けばいいのかわからないし、接点も持ちにくい。そんな彼ら彼女らに「ユーグレナ社の経営を主導する責任者として参加してください。持続可能な未来を実現させましょう」というものです。経営に参画してもらうとどんなことが起こるのか知りたかったんです。


初代CFOに就任した小澤杏子さんからは、最初は遠慮していたけど、どんどん恐ろしい提案が出てきました(笑)。


日本政府は「2030年までにCO2排出量を46%削減(2013年度比)、ワンウェイ(一度だけ使われて破棄される)プラスチックを累積で25%排出抑制」ということを表明しました。だけど小澤さんは「それじゃ遅い。プラスチック量の削減は1年で半分くらいに」と言うんです。「それはちょっと。彼女は高校生だからわかってないんじゃないか」なんていう意見もありましたが、「最高未来責任者が言うならつべこべ言わずにやりましょう」ということになって。「石油由来のプラスチックを全部紙パックに」とか、「どうしたら石油由来製品が減るのか」など、みんなでアイデアを出しました。その結果、化粧品の容器変更で石油由来プラスチック量を90%削減することができたのです。より使いやすい容器でありながら環境負荷を減らしたのです。こういうリーダーになれる子が、若者の中にたくさんいるんです。

全国で講演をすると、「うちの子、どうしたら出雲さんみたいになれますか?」と、多くの親から聞かれるそうですね。どんなアドバイスをしていますか?


(上)2022年、バイオジェット燃料「サステオ」導入式典の様子。(下)ユーグレナ社のオフィス

すてきなアイデアを持っていて、寝食を忘れて没頭できるくらい好きなものを持つ子はたくさんいます。でも大きくなるとやらない。だから、「自分の子がベンチャーをやりたいって言ったときに、絶対反対しないでくださいね」と言っています。


旧ソ連のコンスタンチン・ツィオルコフスキーという科学者は“ロケットの父”と言われ、世界で初めてロケットや宇宙旅行の理論を完成させた博士です。存命中にロケットはできなかったのですが、「今日の不可能は明日可能となる」というすてきな言葉を残しました。


その時代には変わった人というあつかいだったのでしょうが、こういう人が起業家にぴったりです。「藻」の仲間のユーグレナを相棒としてベンチャー企業を立ち上げる人も、今までひとりもいなかった。だから私もちょっとヘンな、変わってる人なんです(笑)。


有名で給料のいい会社はたくさんあります。アメリカの例がわかりやすいでしょう。Google社がAI(人工知能)の研究をしている学生をリクルートするときに、年収を1800万円と提示して話題になりました。でも、近年の全米の優秀な大学生が就職したいところは、お給料のいい会社じゃなくて、例えば、NPOの「Teach For America」*やNGOの「Room to Read」*のような、社会問題を解決するようなところです。


もちろんお給料は0ではダメですが、暮らせるならいいわけで、使い切れないくらいお金があってもしょうがない。自分の仕事は、地球が良くなることに直結していたい。多くのZ世代もそんなふうに考えているんじゃないかな?

「Teach For America」*とは
教育NPO(非営利団体)。米国内の教育困難地域に、教員免許の有無にかかわらず一流大学の卒業生を2年間講師として赴任させる活動を行う。2010年度の全米文系学生就職先人気ランキングではGoogle、Appleなどを抑えて1位に。活動モデルは世界61カ国でTeach For Allとして展開されている。

「Room to Read」*とは
国際NGO(非政府組織)。発展途上国に図書館を建て、本を寄付して読み聞かせや運営をする団体。マイクロソフトのマーケティング・ディレクターだったジョン・ウッドがネパールの農村部を旅行中、本を寄贈することから始まった。彼はマイクロソフトを退社後にRoom to Readを設立。持ち前の行動力とスピード感で世界中から寄付を集め、建設会社に協力を頼み、途上国に図書館を建てている。

取材・文/おしごとはくぶつかん編集部 写真/門間新弥