[おてつたび代表取締役CEO]永岡里菜(ながおか りな)さん
1990年三重県尾鷲(おわせ)市生まれ。2013年に千葉大学教育学部を卒業後、イベント企画・制作会社に就職。ディレクターとして官公庁や大手企業のプロモーションやPRなどを手がける。17年にベンチャー企業へ転職し、農林水産省と和食推進事業を担う。18年に地方事業者と都市の若者とをマッチングするサービス「おてつたび」を設立。19年に一般社団法人・日本起業アイディア実現プロジェクト主催の「女性起業チャレンジ制度」でグランプリを受賞。
「おてつたび」とは、どのようなサービスでしょうか。しくみを教えてください。
「お手伝い」と「旅」を掛け合わせたものが「おてつたび」で、人手不足に困っている地域産業の人と、地方に行きたいと思っている若者が出会うきっかけをWebサイトで提供するサービスです。一次産業は、季節によって必要な労働力の変化が激しくて、例えば農業だと収穫期には本当に人が足りなくて大変です。若者は交通費が高いことがネックになって遠方へ旅行ができない状況があります。そこで若者が人手不足で困っている地域産業のお手伝いをすることで報酬を受け、それを交通費に当てるという新しい旅の形です。
最近はANAトラベラーズと協力して「おてつたび」に行く際に地方空港の利用をしやすくしたり、全国のJA(農業協同組合)を介して人手不足の農家さんとつながったり、企業・団体とのコラボも増えている
別の地域へ働きに行くのは、住み込みの季節バイトや出稼ぎといったかたちで存在していましたが、きつくて大変といったネガティブなイメージが多く、そういったイメージを変えていきたいと考えています。「おてつたび」では仕事をして報酬をもらうだけでなく、普段できない体験をし、地域の人と関係性を築くことも大きな目的に含まれています。
お手伝いをお願いする地域の方と、サービスを利用した若者、それぞれのメリットとは?
(写真上)宮城県栗原市のイベント運営を手伝う参加者。栗原市とはイベントの他に農作業のお手伝い受け入れにも共に取り組む。「おてつたび」を繰り返し使うリピーターが出てきたり、違う地域のおてつたび参加者同士が後につながったりして人の輪が広がっている。(写真下)三重県熊野市の柑橘(かんきつ)農家の方と参加者
地域の方にとって仕事の助けにもなるのはもちろん、自分たちが日々何げなくしている仕事を若い人たちが体験してくれ、「すごい仕事ですね」「今までにない体験です」という声を聞くことで、自分たちがやっている仕事の魅力を再発見できるようです。
若者からすれば、いろいろな働き方を経験して「仕事って大変なんだよ」という側面も含めてキャリア体験を積んでいると言えます。普段接する大人はせいぜい親や学校の先生、バイト先の人など限定的ですが、さまざまな人と出会うこともできます。
コロナ禍で地域に一時的にプチ移住して「おてつたび」を利用しながら大学のリモート授業を受ける学生も出てきています。学生の「動画を作りたい」という思いと、地域の旅館の「動画で魅力を発信したい」という双方のニーズが一致し、動画制作が実現したケースもありました。
地域や人手不足に着目したサービスを起業しようと思ったきっかけは?
(写真上)地域にどんなニーズがあるのかを聞くため、東京の家を引き払って地域を巡っていた頃の永岡さん。一次産業の深刻な人手不足を目の当たりにする。当時宿を提供してもらった長野県の方とは今も交流があり、「おてつたび」の原体験のような大切な場所。(写真下)旅のお供のスーツケース。初代のスーツケースは車輪が外れてボロボロに
もともと起業を考えていたわけではなくて。周りの友人たちは大企業を目指していましたが、私はすでにある製品を売っていく既存のビジネスよりも、ニーズに合わせて選択肢の提案をしていくようなベンチャー企業に可能性を感じて、就職したのはPRやイベントの制作会社。ビジネスの下地を経験しましたが、もっとユーザーを肌で感じられる仕事がしたいと思い、地方創生のベンチャー企業に転職しました。
そこで日本各地に行く機会があり、地域の人たちと交流しながら旅をすることに魅力を感じて。私のふるさとは三重県尾鷲市という、多くの人が「どこそれ」という一見何もないような地域なのですが、とってもステキな所です。そんな地域の魅力を若い人に伝えたいと思ったのです。
最初はSNSのLINEで、地域で困っている人と学生をつなぐ形で細々と始めたのですが、これが口コミでどんどん広がり、ビジネスチャンスがあると感じました。何度も仮説を立てて検証を繰り返していくうちにサービスとして必要とされていると確信でき、本格的に起業することを決めました。
会社のスタッフはどのような業務をしますか? また永岡さんが仕事をする上で原動力となっているものは?
古いマンションをリノベーションしたオフィスで。起業後も地方への出張が多かったが、コロナ禍でオンライン会議が増えた
地域担当が各地域のニーズを聞いてサービス内容や仕組みを固め、システム担当が分かりやすいサイトのデザインに整えて、利用者が使いやすいWebサイトにしていきます。私は「おてつたび」をもっとみんなに活用してもらうために、地域の人たちと連絡を取ってネットワークを広げていくことが主な仕事です。収益はサービスを提供する地域の方から、成果のパーセンテージをいただくことで成り立っています。株式会社なので投資家の方からの投資もあります。事業を続けるためにもちゃんと利益をあげなくてはいけないというプレッシャーと責任を感じています。
仕事の原動力となっているのは、「地域を元気したい!」という情熱ですね。そこをブレずに仕事をすることで、共感してくれる仲間が集まって今があります。お金もうけ目的だけでは、ここまでできなかったと思います。
大学では教育学部に在籍していました。学びが仕事に生かされていると思うところは?
滋賀県長浜市のお米のPRイベントで地域のみなさんと永岡さん。「地域を元気にする仕事がしたい!」と言い出した頃に、先輩や知人から「何でそうしたいの」「そんなことではうまくいかない」と厳しく問われたことで、「なぜこの仕事を起業するのか、何を目指すのか」を頭の中を整理して言語化することができた
先生になりたくて教育学部に入りましたが、教育実習での体験から民間企業で修行してから教師になろうと考え始めました。私の担当教諭は若いながらにとても子どものことを考えていて、学校が終わってから大学へ学びに行くような熱心な先生でした。でも現場ではあまり評価されていなくて、逆にお気に入りの子をひいきするようなベテランの先生が評価されているのを見て、「教師になるには周りに流されない覚悟がないとできない」と思ったのです。
結局、民間企業を経て起業しましたが、大学で学んだ「一人ひとりへの向き合い方」は仕事にも生かされています。「何を思って、どうしてそれをしているのか、その人の立場に立って考える」「それぞれのいいところを見つけて、伸ばしてあげる」。それらは今の仕事でも大切にしていることです。
教師になりたいと思っていたときも今も、結局人が好きなんですよね。ですから人に携わる仕事をしたかったし、人が喜ぶ顔を見ることが仕事を続けるモチベーションになっている気がします。
「おてつたび」をどのように発展させていきたいですか? 今後の展望を教えてください。
子どもには「好き」なことを見つけてほしい。「好き」なことは時間を忘れて没頭できます。そのときに「なぜ」を追求してみては? 「これが好きなのは何でだろう」「ここに違和感があるのは何でだろう」と考えていくと、自分がこれから「やり続けたい」と思うことに出会えると思います
日本は「課題先進国」と言われていて、これから世界中が向き合うであろう、「少子高齢化」「過疎化」「労働力不足」という問題に、まさに今直面しています。地方の労働力不足はとても深刻で、その課題解決のお手伝いをしたい。まだ知らない地域もたくさんあるので、魅力を発信して「地域を元気にしたい」という情熱を忘れずに持ち続けたいですね。
いずれこの「おてつたび」のビジネスモデルを海外にも広げていきたいと思っています。日本人が海外の仕事を体験するだけでなく、海外の人にも日本の仕事を体験してもらいたい。そうすることで日本の魅力を海外に発信することができますから。夢は広がります(笑)。
交通の便が悪くて、行きにくいところほど都会の人が知らない魅力があります。「おてつたび」を体験することで、「どこ、それ?」だった地域が「特別な場所」になって、第2、第3のふるさとになってほしい。「自分の戻れる場所」と思える地域があるのは豊かですよね。