漫画やアニメの実写化に欠かせない、特殊メイクの仕事とは

2019.09.30 わたしのしごと道

[特殊メイクアップアーティスト]江川悦子(えがわえつこ)さん

徳島県生まれ。米国ロサンゼルス在住中に特殊メイクを学び、その後『デューン/砂の惑星』『ゴーストバスターズ』などのアメリカ映画作品にスタッフとして参加。1986年に帰国後、特殊メイクアップや特殊造形の工房、メイクアップディメンションズを設立。代表作に映画『ゲゲゲの鬼太郎』『おくりびと』、TVドラマ『花子とアン』『仁-JIN-』など多数。CM、舞台、イベントなど幅広いメディアで活動中。

「特殊メイクアップ」とは、具体的にどういうお仕事なのでしょうか?


片方が女優の顔、片方を老けさせた「半老人」という中国の作品のキャラクター。頬や額などのパーツに分かれた人工皮膚を着けて、ピタッと肌になじませると本当に肌のように見える

私がやっているのは主に映画やドラマなどの映像に関わるメイクです。役者さんの顔に人工皮膚を着けて、老け顔や坊主頭などに仕上げる特殊メイクをしたり、宇宙人や動物などのかぶり物を作ったりします。メイクといっても顔だけではなく、全身を作り上げることもあります。

肌にファンデーションを塗る一般的なメイクと大きく違うのは、シリコン製の人工皮膚を使って立体的に仕上げる点です。例えば、老けメイクなら目の下のたるみやほうれい線、口角からあごにかけてできる「マリオネットライン」を作ったり、猿なら動物の硬くて深いシワがあるような皮膚を表現したりします。イベントや舞台、展示物などの依頼もありますが、8割は映画やテレビドラマなど映像に関わる仕事です。

特殊メイクで、一番こだわっているのはどのような点ですか?


(上)人によって骨格が違うので、石膏(せっこう)などでライフマスク(頭部の型)を取るのが基本的な作業。ライフマスクを土台にしてシリコンなどで頬や額、耳といった顔のパーツを作っていく。(下)最近は3 D スキャナーでライフマスクを制作する

「老けメイク」をきちんとできるようになりたいというのが基本にあります。映画『ゴッドファーザー』などを手がけ、特殊メイクの神様と言われていたディック・スミス氏は老けメイクが得意なのですが、その方を目指してきたので。

『ゲゲゲの鬼太郎』など、タイトルを聞いただけで「特殊メイクがある」とわかるものもありますが、普通のドラマに出てくるのは老け顔や、五分刈り、坊主頭で、そこにはこだわります。老け顔は皮膚ムラやシミ、浮き出た血管まで再現し、五分刈りはリアルに本人の毛と融合させて刈り込んだ感じに、坊主頭は「絶対これは剃(そ)っている」と思われるように。どれもテクニックが必要です。

メイク時間も、どうやったらスピーディーにできるかを絶えず考えています。坊主頭なら1時間ちょっと、老けメイクでも60代くらいなら1時間~1時間半くらいです。役者さんはメイクができてからがスタートなので、負担を少なくするための準備には時間をかけます。事前にペイントしておいたり、人工皮膚を簡単に組み合わせる方法を工夫したり。短い時間で良いクオリティーを提供したいですから。

日本の特殊メイクのパイオニアでいらっしゃいます。特殊メイクと出合ったのはいつ頃でしょうか?


映画『ゴーストバスターズ』のキャラクター「マシュマロマン」の撮影に携わる江川さん。ロサンゼルスのJoe Blasco Make-up Centerで特殊メイクを学んだ後、アメリカ映画の制作で経験を積んだ(写真提供:メイクアップディメンションズ)

女性も仕事を持って自立しなければという強い思いがあり、大学卒業後は雑誌の編集者をしていました。ところが夫の転勤という予期せぬことが起きて。アメリカだったので「何か面白そうなものがありそう」と、思い切って出版社を辞めて付いていきました。

そこで『狼男アメリカン』という映画を見たのが特殊メイクに出合うきっかけです。人間の体がプクプク動いて狼の骨格になるという技術だったのですが、CGもない時代です。「どうなっているんだろう」という興味から始まりました。日本で『スター・ウォーズ』や『猿の惑星』を見ていた時も、「猿の顔なのに目は普通で、口が動く。何かしているんだな」と凝視していましたが(笑)、当時はそれでアーティストになろうとは思いませんでした。でも興味の芽はあったのかもしれませんね。

ロサンゼルスにいたので『狼男アメリカン』を制作した、生涯の師となるリック・ベイカー氏に会いに行く機会があって。「これはチャンスだ。これしかないし、今しかない!」という感じでした(笑)。特殊メイクの学校に入ってみたら、やること全てが初めてのことばかり。思っていたより大変だったことは間違いないです。

帰国後、日本で特殊メイクの仕事を始めるにあたって、苦心したことは何でしょう。日本とアメリカの違いを感じることはありましたか?


人工皮膚を肌に着ける特殊な接着剤(写真上の透明なボトル)と、シミなど最終的なメイクの仕上げで使う「イラストレーションカラー」。こすってもとれないのが特徴

当時、日本では特殊メイクはまだ確立されていなくて「ゴジラ」など着ぐるみの造形を作る人たちが主でした。まずは作品作りをして売り込まなくてはと思っていましたが、日本で手に入る材料も限られていたので、最低限の材料はアメリカから買ってきました。

たまたまアメリカでは予算がふんだんにある大きなプロジェクトに参加していたので、日本ではお金のかけ方が違うというのが、ちょっと残念な部分でしたね。輸入品だと材料代がかかるので、石膏などを日本製にするなどの工夫をしました。それでも人工皮膚になるシリコン素材や、肌に貼る接着剤などは今でも6割ぐらいがアメリカ製です。

そうやって特殊メイクを日本で開拓してきたことで、アニメの実写化などにも結構貢献しているんですよ(笑)。今まで映画化は無理と言われていたものが特殊メイクでいろいろなことができるようになり、CGの出現でさらに実写化が定番になってきましたから。

特殊メイクという仕事を続けてきて、得られる喜びは何でしょうか?


(上)まるで本物のような男性の人形。顔はライフマスクから再現し、体はモデルとなる役者を採寸してサイズぴったりに作る。下の犬も本物そっくり! 右横のアンコウは「自家発電の家」というハウスメーカーの CM キャラクター。(下)「妖精」という依頼で、蝶(ちょう)やチューリップ、ソフトクリームなどをイメージしてデザインした造形物

映像を見た後に「あれって特殊メイクだったんだ!」と驚かれるのが一番いい仕事だと思っています。シワシワの老け顔にして「誰だかわからない」というメイクは実は簡単で、「Aさんが老けた顔だね」と役者さんの老けた様子が自然に感じられるようにしたいと思っています。作品を見ているときにちょっとでも「何かしている」と違和感を持たれてしまうのは特殊メイクとは言えないんです。

映画『おくりびと』で納棺師が死化粧をしている遺体は人形なんですが、そう言うとよく驚かれます。手がけた仕事が気付かれないのはちょっと寂しいですけど(笑)。特殊メイクだと気付かれないように精力を注いでいるわけですから、努力が間違っていなかったという喜びになります。自然でリアルであるということに達成感がありますし、そのために頑張っている感じですね。

老けメイクに宇宙人などのかぶり物、内臓や傷など幅広いお仕事内容です。どのようなものからヒントを得ているのでしょうか?


2019年秋公開の三谷幸喜さんの映画『記憶にございません!』では、巨大な耳などがさりげなく登場。サントリーのCM「胡麻麦茶」の赤ひげ先生は江川さんが三船敏郎氏に似せて制作したもの。ドラマやCMなどで、知らないうちに江川さんの作品を目にしているはず

普段からいろいろなものに興味を持って、「これは何かしたら面白いな」という見方をしています。電車に乗っていても人の顔を観察してしまいますね。シワやシミがどこにどのようにあるのかなど、個人差があって面白いんですよ。満員でも我慢できます(笑)。

花や深海魚、クラゲなども色がきれいで観察していて飽きません。そういうものを見ながらひらめいたものが、妖精や宇宙人のようなファンタジー作品に生かされます。依頼内容に合わせて専門書なども参考にします。傷は何で切ったかで傷の断面が違うので法医学の本、内臓は医学書、動物は図鑑というように。

映像や特殊メイクなどに興味があるというお子さんには、水族館や動物園などに行っていろんなものに触れてほしい。生き物の面白い動きを見ているだけで感じる何かがあるはずです。あとは、絵が描けることはすごく大事なので訓練しておくといいですね。自分のイメージを人に伝えるのに、絵で表現するのが一番早いんですよ。

取材・文/米原晶子 写真/村上宗一郎