試合中に激突!怒る選手に審判がかける言葉とは

2019.08.28 わたしのしごと道

[プロフェッショナルレフェリー・サッカー審判員]西村雄一(にしむら ゆういち)さん

1972年東京生まれ。駒沢サッカークラブ、都立新宿高校を経て日本電子工学院専門学校を卒業。一般企業に勤めながら99年に1級審判員の資格を取得。2004年よりスペシャルレフェリー(現・プロフェッショナルレフェリー)。国際審判員として14年FIFAワールドカップブラジル大会の開幕戦で主審を務め注目を集める。同年、国際審判員を退任。現在、Jリーグのプロフェッショナルレフェリー※として活躍。

審判員は「レッドカードをかざして、良し悪しを判断する人」というイメージですが、具体的にどんなことをしているのですか?


プロフェッショナルレフェリーは、JFAと1年ごとに契約を結びます。ケガをすれば仕事を失う可能性があり、パフォーマンスが悪いと減給になることも。「求められる厳しさは、ある意味サッカー選手と同じです」

レッドカードを出された選手が退場するシーンからくる印象ですね(笑)。
実際には審判員がプレーの良し悪しをその場で決めることはないんですよ。サッカーには守るべきルールがあり、守れなかった場合の罰則まで決まっています。ルールを守るかどうかは選手が決めること。審判員が選手にレッドカードで罰を与えているように見えるかもしれませんが、実際にやっていることは、選手の行為に対して「判定」という形で表現しているのです。
審判員を意味する「レフェリー」の語源は「refer」で、「(問題などを)任せる・ゆだねる」という意味です。審判員は「どんなことが起きたか、状況判断を任された人」。ですので、試合中は状況を判断できる場所に常に移動しているのです。
例えば、選手同士がぶつかったときに、「どっちの選手がぶつかりにいったのか」を判断できなかったら、選手や監督が困りますよね。任された者として、見えないからと勘で判定するのは技量不足ということになります。

審判員として試合のフィールドに立つときどんなスキルが必要ですか?


試合の後は体を休め、次の試合で体をピークにするため専属トレーナーとトレーニング。90分の試合をゲームの流れに合わせて効率よく動き、ゲーム中でもリカバリーできる体にするのが狙い。「試合の最後にバテていては判定できませんからね(笑)」

試合の状況を判断するために、ボールや選手の動きに追随していく必要があります。「プレーが見極められるところはどこだ?」と判断して移動するために体力は必須。さらに視覚は情報入力のために非常に大事です。動くボールを瞬時に見る動体視力、ボールの動きに合わせて上下、左右、奥行きとフォーカスをパッと合わせる眼球運動。焦点が合っていない周辺視のエリアも重要な情報源ですね。ボールの動きを見ながらも、視野の端の方で選手が手をあげたら、「次はボールがこっちにくるんだな」と予測に繋げます。
聴覚もフル活動です。
「パス出して~」という声が背後から聞こえたら、「準備ができた選手が後ろにいるんだな」と予測し、すぐに動ける体勢にしておきます。片耳は無線を付けて副審からの情報を得て、もう片方の耳でリアルな音を聞いているんです。様々な情報を駆使して予測しながら動きますね。

試合中に選手同士のアクシデントを見かけますが、そういうとき審判はどういう対応をするのですか?


2014年FIFAワールドカップブラジル大会では、国際審判員として開幕戦での主審を務めた。写真は3位決定戦(ブラジル対オランダ)で、試合終了間際にオランダのGK交代を見守る様子。この試合は第4審判を務めた(写真提供/朝日新聞社)

アクシデントが起きたときは、大体その場に怒りの感情があるので、怒りの原因に対して効果的な対処ができるかどうかが重要です。
たとえば、ぶつかって倒された選手に対して、「痛い? 今ケガしなかった?」と声をかけます。「ケガはしていないけど、レフェリー、あいつなんなんだよ」と怒りの感情をもっている場合、「ケガはないんだね。注意してくるから待ってて」と声をかけます。
その時は不満があったとしても「レフェリーが注意してくれたから、しょうがない」と怒りの感情を鎮めて、「サッカーをやろう」という気持ちに戻れるように導くことも、審判員に求められている能力です。試合に出ている選手やチーム全体のメンタルをコントロールするために、声のかけ方、距離の取り方、間の取り方などを、状況に応じて判断し、心が鎮まるのを待ちます。
どんな言葉をかけても、気持ちが込められていない言葉は選手に届かないんです。

審判員を目指したのはいつ頃ですか?きっかけになるような出来事がありましたか?


会場に必ず携帯する審判員の「7つ道具」。(左上から時計回りに)バニシング・スプレー(ピッチに白い線を描く)、ホイッスル(鳴らないときのために2コ)、ボールの空気圧計、スコアカード、イエローカード、レッドカード、中央は試合でどちらがキックオフするのかを決めるコイン。(下)ルールブック

小学生の頃から駒沢サッカークラブに所属していました。高校生になると選手としてプレーしながら、下部組織の少年たちを教えるコーチもしていました。そのとき担当していた少年チームが、試合で審判員の判定が原因で負けてしまったんです。試合に負けて悔しがる選手たちの様子を見て、「自分が審判をやって、選手をサポートしたい」と思うようになり、16歳の時に4級審判員の資格を取得したのが始まりです。
自分が下した判断で選手たちの未来が変わります。その責任の重さというのが審判をやる上での醍醐味。責任をもって挑むことが面白いと感じ、「誰かがやらなくてはいけないのなら、自分がやりたい」という強い意志がありました。
スポーツの世界は、選手がいて、指導者やトレーナーなど選手を支える人がいて、そして試合を観戦する人がいて成り立っています。私は、支える側の「審判員」として選手の夢をサポートする道を選びました。

審判員として参加したサッカーの試合で思い出に残っている試合、忘れられない試合はありますか?


ユニホームの胸にある金色のワッペンは1級審判員の証し。左袖にはフェアプレー推奨のワッペン、右袖に対戦相手やルールなどを尊重する思いを表す「リスペクト」の文字。シューズのひもについているのはスピードセンサー。心拍を記録するハートレートモニター(下の黒いバンドも)、時計(2つ)、審判員同士の無線

東日本大震災の影響で、しばらく日本でサッカーの試合ができなくなった時期がありました。大好きなサッカーの試合がないというのは初めてで、そしてつらい経験でした。やがてJリーグを再開するというときに、「日本代表」対「Jリーグ選抜」のチャリティーマッチが大阪で開かれることになり、その試合の主審を務めました。日本代表の試合を日本人レフェリーは担当できないので、普段なら絶対に笛を吹けない貴重な試合でした。
その試合で、三浦知良選手がゴールを決めたんです。
あのゴールは数あるサッカー界のゴールの中でも唯一、勝敗に関係なく、両チームの選手、監督、観客、テレビを見ている人、誰もが喜んだゴールでした。あの雰囲気というのはなかなか経験できないものですね。
忘れられない試合です。
サッカーの原点、スポーツの原点を感じられる場に居合わせることができてとても幸せでした。

サッカーをやっていてもレギュラーになれず、続けても将来につながらないのではと思っている子がいたらどんな声かけをされますか?また親はどんな心構えが必要でしょうか。


審判にとって「うまくできた」と思えるのは、試合後に選手たちが素直に結果を受け入れられたとき。「すべてうまくいって勝利した」チームと、「頑張ったけれども負けた」チーム。それぞれが、「全力を出し切った」と思ってもらえる試合

何かをやり続けるということは、全力で前に進んでいると思うので、ぼくなら「くじけないで。あきらめずに努力を続けることが大切だよ」と声をかけますね。
誰をレギュラーで出すかは監督が決めること。自分がコントロールできないことに対して、何か不満を持っているなら、「思い通りにならないことは、誰にでもあることだよ」と伝えたいですね。
チャンスは突然現れるので、努力を継続していれば、そのチャンスをつかみやすくなると思います。ぼくが2014年FIFAワールドカップ・ブラジル大会の開幕戦で主審を任されたのも、タイミングよくチャンスに巡り会えたから。自分ができる限りの準備をして、チャレンジし続け、継続がもたらした結果です。ぜひ小さなチャレンジを継続してほしいですね。

プロフェッショナルレフェリー・サッカー審判員

サッカーの試合の審判をするためには審判員資格が必要。4級は都道府県サッカー協会の支部や地区の試合、3級は都道府県サッカー協会主催の試合、2級は地域サッカー協会主催の試合。JFA(日本サッカー協会)主催のサッカー競技を担当できるのは1級審判員のみ。212名が登録(2016年度)しているが、そのうちJFAとプロ契約を結んでいる「プロフェッショナルレフェリー」は13名。(2017年現在)

取材・文/米原晶子 写真/村上宗一郎