ユニークな車両を手がける、話題の鉄道デザイナー

2019.08.28 わたしのしごと道

[鉄道デザイナー]水戸岡鋭治(みとおかえいじ)さん

1947年、岡山県生まれ。岡山工業高校卒業後、デザイン事務所勤務を経て、72年ドーンデザイン研究所を設立。88年よりJR九州の「アクアエクスプレス」から鉄道のデザインを始める。「ななつ星 in 九州」「つばめ」「ソニック」など、自然素材を使った美しく楽しいデザインが人気を集める。近年では、しなの鉄道(長野)「ろくもん」、長良川鉄道(岐阜)「ながら」、伊豆急行の「THE ROYAL EXPRESS」など地方再生を兼ねた仕事も多く手がける。

鉄道デザイナーとはどんな仕事ですか? 
電車に関わる、どの部分をデザインするのでしょうか?


2017年7月より運行「THE ROAL EXPRESS」。横浜駅と伊豆急下田駅を結ぶ全席食事付きの観光列車。外観は伊豆の海と山をイメージしたもので、車体の色にはロイヤルブルーを起用(写真提供/ドーンデザイン研究所)

2017年7月より運行「THE ROAL EXPRESS」。横浜駅と伊豆急下田駅を結ぶ全席食事付きの観光列車。外観は伊豆の海と山をイメージしたもので、車体の色にはロイヤルブルーを起用(写真提供/ドーンデザイン研究所)

2018年4月運行開始予定の長良川鉄道の観光列車「ながらかわかぜ」のデザイン案。真っ白の長ソファやテーブル付きの座席が画期的。地元の通勤・通学にも使われる予定

2018年4月運行開始予定の長良川鉄道の観光列車「ながらかわかぜ」のデザイン案。真っ白の長ソファやテーブル付きの座席が画期的。地元の通勤・通学にも使われる予定

簡単に言うと鉄道会社から依頼を受けて、列車の外装、内装を設計する仕事です。

これまで多くの鉄道デザインは合理化や分業化が進み、どうしても似たようなデザインになり、その一部だけのデザインを担当する人が多かったのですが、私の場合は、すべてをトータルで考えて仕事をするようにしています。

例えば、その列車をどういう目的でどんなコンセプトで作るのか。それによってどんな見た目の車体にするのかを鉄道会社にプレゼンテーションし、客席をいくつ作り、どんな素材の家具を置くかを考え、乗務員のユニフォームや、食堂車ならカトラリーまですべてをデザインして、部品をメーカーや職人さんたちと作っていくところまでを総合的に責任を持ってやっていきます。

時には、駅舎やプラットフォームを含めたデザインも行います。

そして私のこだわりの一つは、家具や部品も既成のものは使わないこと。可能な限り職人さんに発注してオリジナルのものを作ってもらいます。

これまで見たことがないような楽しいデザインの車両が生まれると、列車が走る沿線に暮らす人たちも楽しくなり、遠くから人が集まり街がにぎわいます。何よりその鉄道で働く人もがんばろうという気持ちになります。沿線で暮らすみんなが笑顔になるようなオンリーワンの列車を作るのが私の仕事です。

水戸岡さんの手がける車両は、車内に天然木やガラスが豊富に使われていたり、日本の伝統的な工芸品が使われていたり、とてもユニークです。アイデアはどうやって生まれるのですか?


「ななつ星」の客室はモダンとクラシックが融合されたデザイン(写真提供/朝日新聞)

ななつ星」の客室はモダンとクラシックが融合されたデザイン(写真提供/朝日新聞)

「ななつ星 in 九州」の各客室についたバスルーム。トイレカバーには特殊な木材シートを職人の手で装飾。洗面鉢は、陶芸家で人間国宝十四代酒井田柿右衛門さんの遺作が使われている (写真提供/朝日新聞)

「ななつ星 in 九州」の各客室についたバスルーム。トイレカバーには特殊な木材シートを職人の手で装飾。洗面鉢は、陶芸家で人間国宝十四代酒井田柿右衛門さんの遺作が使われている (写真提供/朝日新聞)

私は、なにもすごく特別なことを生み出しているつもりはないんですよ。

世の中にはすでに素晴らしいアイデアがあふれています。大切なのはみんなが見落としているキラリと光る素材を拾い上げて、組み合わせることです。そんな時に大切になるのは、人生で、深く感動した体験です。

私は岡山県の吉備というところで育ちました。自然豊かな里山で、まるでリゾートのように美しい環境でした。それを観光列車だけでなく通勤・通学列車の中でも再現し、今の都会の子どもたちも伝えたいと思い、自然の木々を列車のデザインにも豊富に使うようになりました。

また私が作る観光列車の多くに食堂車があり、向かい合わせの座席があり、美しいガラスの向こうに公共スペースがありますが、これは小学生の頃、父と一緒に列車で旅をした経験が元になっています。向かい合わせの席に座った方と父が話をはじめ、お弁当やお菓子を食べ、旅が終わっても文通をする関係が生まれました。その時のワクワクした出会いやコミュニケーションが生まれる列車を目指して、デザインしているのです。

水戸岡さんはやはり、子どもの頃から鉄道や電車が好きだったのですか?


ラウンジカーの椅子やテーブル、カトラリー、照明も全て水戸岡さんのデザイン。電車内を客が移動することで、知らない人との会話が生まれるのがラウンジカーの狙い(写真提供/朝日新聞)

ラウンジカーの椅子やテーブル、カトラリー、照明も全て水戸岡さんのデザイン。電車内を客が移動することで、知らない人との会話が生まれるのがラウンジカーの狙い(写真提供/朝日新聞)

由布院駅に到着する「ななつ星」を大勢の人が出迎える。「人に感動を与えるためには、手間ひまを惜しまず、120%の力を出し切ること」という水戸岡さんの思いが伝わった瞬間 (写真提供/朝日新聞)

由布院駅に到着する「ななつ星」を大勢の人が出迎える。「人に感動を与えるためには、手間ひまを惜しまず、120%の力を出し切ること」という水戸岡さんの思いが伝わった瞬間 (写真提供/朝日新聞)

いえいえ、そうではありません。旅は好きでしたがもともと私は製造業の家に育ち、家業を継ぐつもりでいました。でも絵が好きで、どうにか絵の仕事がしたくて、25歳で東京に出てイラストレーターの仕事を始めました。

初めは仕事がほとんどなくて、友人からの依頼でなんとか食べていく日々でした。時間だけはたっぷりあるから、いつも勉強していましたね。

デザイン、建築、グラフィックなど、いろんな専門家に話を聞いて、まねをして学びました。

そんな中、運良く九州のホテルのデザインをさせてもらったのがきっかけで、JR九州から、全くの素人の私に、列車787系特急「つばめ」のデザインを頼まれたのです。

そこからJR九州と長い付き合いが始まり、特急「ソニック」、九州新幹線800系「つばめ」、そして「ななつ星」のデザインを手がけるようになりました。チャンスを下さったJR九州の唐池社長(現在JR九州会長)には本当に感謝しています。列車デザインは特殊な仕事です。「新しいことをやりたい」という意気込みが強い人だったからこそ、私も思い切った仕事をすることができたのです。

これまでの常識とはちがう列車を作ることに、反対する人はいませんでしたか?
もしあれば、そんな時はどうされていますか? 


九州新幹線800系「つばめ」の椅子。革張りのソファと低めのデザインのおかげで、スピードがある新幹線の長旅でも疲れないしくみに。水戸岡さんはいつも、高齢者や子ども目線でデザインを行うそう

九州新幹線800系「つばめ」の椅子。革張りのソファと低めのデザインのおかげで、スピードがある新幹線の長旅でも疲れないしくみに。水戸岡さんはいつも、高齢者や子ども目線でデザインを行うそう

天然の木の素材にこだわり、プライウッドという薄い木材を接着した合板を使うことで、列車の椅子とは思えないくつろぎを最優先させている

天然の木の素材にこだわり、プライウッドという薄い木材を接着した合板を使うことで、列車の椅子とは思えないくつろぎを最優先させている

新しいことをしようとすれば、反対意見は必ずあります。

例えば私が初めて手がけた特急列車で食堂車を作ろうとした時、鉄道会社からは大反対が起きました。食堂車は時代遅れで、もうからないというのです。素材に木を使えば「火災が心配」、ガラスを使えば「危険」と言われます。老人や子どものために座席を低めに作ろうとしたら、「列車の椅子の高さは43cmと決まっている」と反対されました。

もちろん反対意見は、一つの意見として受け入れ、ダメなところを補うにはどうすればいいかを考えます。ただ、「普通はしないから」という理由だけの反対の場合は、戦います(笑)。

とにかく一度実現すれば、その後はみんなそれが「普通」だと思って納得してくれる。不思議なものなんですね。

私の関わる仕事の制作費は、通常の6割くらいで済みます。宣伝費は使わない、中間業者を通さず有名でなくても腕のいい職人さんに直接部品や家具を作ってもらう、口コミで人を集める、ということをすれば、「常識」よりもずっと安く、本当にいいものを多くの人に広めることは必ずできるのです。


ドーンデザイン研究所内にある水戸岡さんのオフィス。定規や鉛筆を使って頭の中にあるアイデアをデザインラフに落とし込む水戸岡さん

ドーンデザイン研究所内にある水戸岡さんのオフィス。定規や鉛筆を使って頭の中にあるアイデアをデザインラフに落とし込む水戸岡さん

様々な色調の「金色」のサンプル。微妙な違いであっても、色はデザインの決め手になるポイント。丁寧に選んでいく

様々な色調の「金色」のサンプル。微妙な違いであっても、色はデザインの決め手になるポイント。丁寧に選んでいく

私は、コンピューターは一切使えないので、いつも手書きで図面を描きます。それを事務所のスタッフがコンピューターを使って図面に起こしてくれるのですが、職人や工務店の人たちからは、手描きのラフが一番仕上がりのイメージがしやすい、と言われるんですよ。

文鎮と、使いやすい鉛筆と色鉛筆、三角定規、コンパス、消しゴムなど、昔ながらの文房具が私の仕事道具ですね。デザイナーらしいものといえば、各メーカーから取り寄せている色のサンプルです。できるだけたくさんの色彩のなかから「これ!」という色を選びます。金色でも実にたくさんの色があるんですよ。

あとは緑がある環境を大切にしています。

オフィスからはいつも私が植えた木々の緑が見えます。屋上には菜園があり、水やりをするのもいい気分転換です。道路に面した木は、秋には町中に落ち葉が広がって地域の人に迷惑をかけるので、スタッフ総出で掃除に行くこともあります。そんな手間暇をかけても、都会の中で仕事をするために、自然を身近に置いておくのは私にとってとても大切なことなのです。

将来、鉄道デザイナーになりたいという子は、どんなふうに過ごして水戸岡さんのように感性を育めばいいのでしょうか。アドバイスはありますか?


子どもの頃、緑豊かな環境で育った水戸岡さんにとって、自然がそばにあることが仕事の大きなインスピレーションになる。「子ども時代の感動体験を大切にしてほしい。そこから好きなことが見つかる」と水戸岡さん

子どもの頃、緑豊かな環境で育った水戸岡さんにとって、自然がそばにあることが仕事の大きなインスピレーションになる。「子ども時代の感動体験を大切にしてほしい。そこから好きなことが見つかる」と水戸岡さん

よく子どもの感性を磨くにはどうすればいいですか? と質問を受けます。まずは子ども自身が楽しくて感動する体験を増やしてあげることですね。感動の記憶は五感から、音、におい、色、味、手触りのすべてが明瞭にずっと胸に残り、それがデザインの仕事にも必ず生きます。

そして好きなこと、感動することを見つけるためにも、まず子どもたちは勉強を頑張ることだと思います。私自身は学校の勉強をしてこなかったから、社会人になってから苦労しました。自分の知らないことを学んでいく中で得意なこと、好きなものに出合いました。そうやって、まずは勉強から、好きなことを追求していけばいいと思います。知識をたくさん持っていることが、最終的には、何かを表現するときの完成度になります。

あとは自分がいいと信じたことや考えを、勇気を持って人に伝え実践していくこと。その小さな成功体験を積み重ねていけば、どんなつらいことでもクリアできるようになり、きっと豊かな人生の旅をデザインできるようになるはずですよ。

取材・文/玉居子泰子 写真/村上宗一郎