[水族館プロデューサー]中村元(なかむら はじめ)さん
1956年三重県生まれ。成城大学卒業後、鳥羽水族館に入社。アシカトレーナーを経て、新鳥羽水族館をプロデュース。2002年に独立。新江ノ島水族館、サンシャイン水族館、北の大地の水族館、マリホ水族館などのリニューアル・新設に関わり、入場者数を大幅に増やしている。
あまり聞き慣れないのですが、「水族館プロデューサー」とはどういった仕事ですか?
2011年にリニューアルを手掛けた東京・池袋のサンシャイン水族館。都市部に暮らす大人のための癒やしスポット「天空のオアシス」がコンセプト。人々の頭の上を泳ぐ天空のアシカ(上)や日本初といわれるクラゲトンネル(下)が話題を呼び、年間来場者は70万人から224万人に増えた
たくさんの人に来てもらえる水族館、来てくれた人に満足してもらえる水族館にするためにはどうすればいいかを考えるのが仕事です。
水族館プロデューサーがいなくても、水族館はつくれます。魚の入った水槽を並べて、「ここは水族館です」と言えば水族館になりますから。だけど、それでは満足してもらえません。というのも、水族館に来る人は「魚が好きな人」だけではないからです。
この仕事は、魚が好きなわけではない普通の人たちの気持ちを、どれだけ理解できるかが大切です。どんな水槽を見たいのか、どこに興味を持つのかを考えるのです。
仕事柄、僕はいろいろな水族館に行くのですが、水槽よりもお客さんを見ています。お客さんがどの水槽の前で立ち止まるのか、どんなふうに水槽を見ているのかを観察するのです。すると、人に「見られない水槽」の特徴、「見られる水槽」の特徴がわかってきます。
ほとんど「見られない水槽」と、たくさんの人に「見られる水槽」との違いは、どこにあるのですか?
サンシャイン水族館はビルの10階にあるため、重量規制の関係で水の量に制約がある。メインとなるサンシャインラグーン水槽(上)は、大きさとしては中程度だが、海中にいる気分を味わってもらうために照明や岩の置き方などにこだわり、奥行き感を出すことに努めた。この水槽の前にずっとたたずむ人も珍しくない サンシャインラグーン水槽の天井部(下)。水槽内の照明の具合に試行錯誤した
「見られない水槽」は、魚を見せるだけの水槽です。図鑑と同じような感覚で「魚を展示しています」というだけで、見てもあまり面白くないんですね。
「見られる水槽」は、そこに水中の世界が広がっているように感じられる水槽です。海に潜っているような気持ちになりながら、水中世界について想像を広げたり、水のゆらぎが醸し出す浮遊感や清涼感を味わえる水槽です。水族館は、非日常の空間。人はそこに癒やしを求めてやってきますから。
どこまでも続く海中の感覚を味わってもらうためには、水槽の奥行き感がとても大切です。けれど、水槽に水を入れた途端、奥行きは狭く見えてしまうんです。奥行き1mの水槽だとしたら、70㎝くらいにしか見えない。そこで水槽の奥の照明は暗めにし、手前を明るくするなど遠近法を使って奥行きのある水槽に見せるさまざまな工夫をしているんですよ。
魚や生物とは関係のない大学を卒業されていますが、どうして水族館の仕事をするようになったのですか?
大学生の頃、僕はメディア関係の仕事がしたかったんです。本やテレビ番組を作りたかったんですね。けれどうまくいかなかった。そんなとき知り合いから、水族館で経営側の仕事をしないかと声をかけてもらい、鳥羽水族館に入社したんです。
水族館の同僚たちは、魚が大好きな人たちばかり。子どもの頃から魚が好きで自分で飼育し、大学も水産学部で4年間魚について学んだ人たちでした。一方僕は、大学ではマーケティングを専攻。魚の名前を覚えることすらできなかったんです。魚の知識では、同僚たちにまるで追いつけなかった(笑)。
けれど、どちらがお客さんの感覚に近いかというと、僕です。魚マニアの同僚にとっては、「水族館に来る人は、自分と同じように魚好き」に思える。つまり、普通のお客さんの気持ちはわからない。「僕はお客さんと同じ側にいるんだ」と思ったのです。
それによく考えたら水族館もメディアなんですね。魚や生き物について伝える場なわけですから。
お客さんに伝えるため、水族館ではどういった工夫をされてきたのですか?
サンシャイン水族館は2017年夏に屋上の一部をリニューアル。空を泳いでいるペンギンに出会える「天空ペンギン」が人気を呼び、夏休み期間中の入場者数は前年に比べて2倍に。水槽の向こうに見える空とビルを生かしたことで、奥行きと開放感のある水槽になった(写真提供/朝日新聞)
同僚には魚の知識では勝てない僕だからこそ、できることがたくさんありました。
例えば、水槽の横のプレートに解説を書くとき、「お客さんは解説をちゃんと読むのかな?」と観察しました。けれどまったく読まない。読むとしても短い文章だけ。「じゃあ、解説は200字以内に」とお客さん目線でルール化していきました。
僕が水族館で写真を撮るときは、「サメの顔ってかっこいいでしょ。この精悍(せいかん)な顔を見て」という気持ちで撮る。かわいい生物なら「かわいいところだけじゃなくて、たくましい一面もあるんですよ」と伝えたいと思う。
お客さんと同じ目線になって、「どうしたら面白く感じてもらえるだろうか」「もっと魅力的に見えるだろうか」に、ずっとこだわり続けているんです。
水族館をつくるために、「役立った」と思われる経験はありましたか?
広島市にあるマリホ水族館。この小さな水族館には、お客さんを呼べるような個性の強い生き物はいなかった。そのため、「うねる渓流」を再現し、水の躍動感を伝えている(写真提供/中村元さん)
鳥羽水族館で広報の仕事をしていたころ、生き物捕獲に同行していました。自然の中での生き物たちの姿をたくさん見ることができた体験は、今、とても生きていますね。
また、フリーの水族館プロデューサーになったばかりの頃、全国の水族館を100カ所以上、自分の足で回ったんです。それは僕の財産になっています。
演劇の舞台もよく見ました。ストーリーは全く覚えていないんだけど(笑)。照明に注目し、色や当てる場所次第で、奥行きが変わるんだと学び、それを水族館の水槽の照明に応用したりしています。
水族館プロデューサーになりたい人が、やっておくといいことはありますか?
中村さんの仕事道具。水族館の魅力を伝えるための一眼レフカメラ。打ち合わせのとき、頭の中にあるイメージを絵に描いて伝えられるように色鉛筆とノートは必須。会議室で水槽の大きさや水面の高さについて「これぐらいの水槽になるよね」とメジャーで測りながら話すことも多い。スケール定規は、設計図面を確認するときには欠かせない。移動が多いため、どれも小さなものにしている(写真提供・下/中村元さん)
魚や生き物が好きで水族館で働きたいなら、魚以外のことにも興味を持つといいですね。文学、映画、写真……何でもいい。そうすることで、視野に広がりが出ます。そして、文章が書けたり、写真が撮れたりという自分のちょっと得意なことを生かして、水族館の魅力を伝えられるといいですね。
僕のように魚や生き物に興味がないタイプなら、飼育係は経験しておいて欲しい。飼育係を通じて、生き物の基本的な生態や飼育技術を学んでおくことで動物の魅力や特色など、伝えるべきことの本質がわかるようになりますからね。
どんな仕事でも、その仕事をどのように捉えるかによって、自分の力を生かして活躍できると思いますよ。
この仕事の醍醐味(だいごみ)は、お客さんの反応がすぐわかることです。自分の手がけた水族館の中を歩いていて、「うわ~」という歓声が聞こえてくると、うれしくてたまらないんですよ。