[トラックドライバー]松本恭子(まつもとやすこ)さん
1970年生まれ。高校卒業後、自動車普通免許を取得し乳製品配達業務を経験。20歳で念願のトラック運送会社に勤務し、中型、大型免許を取得。結婚、出産を機に一度職場を離れるが、現場復帰を果たし、現在は味の素物流株式会社・厚木営業所に勤務。2016年「第48回全国トラックドライバー・コンテスト・女性部門」で優勝。趣味は刺しゅうやパン作り。
トラックドライバーとして、現在、どのようなスケジュールでお仕事をしていますか?
トラックドライバーとして、これまで北は山形県、西は広島県あたりまで行った。各地のサービスエリアで見たことのないおみやげを探すのも楽しみ
トラックの運転手と聞くと、一日中ずっと走っているようなイメージがあるかもしれませんね。実際のスケジュールはそんなことないんですよ。
朝は早いです。4時か5時に起きて家のことを済ませ、6時に会社へと向かいます。出勤は7時。その後、配送で外に出ることもあれば、事務室で事務処理をしていることもあり、その日によって違います。朝が早い分、仕事が終わるのも早く、夕方の4時には退社することがほとんどですね。帰宅して食事の用意をしながら洗濯などして夕飯を食べ、寝るのは大体、10時。子ども並みの早さです(笑)。
今、運んでいるのは食品だったり医薬品だったりと、配車によってさまざまですが、荷主の方から預かっている荷物を納品先の方に指定時間までに届け、無事会社に戻ってくるところまでが仕事です。荷物を無事に届けられると、達成感があります。
納品先の方に「ご苦労さま」と声をかけられたり、人の温かさをあちこちで感じる仕事でもありますね。
トラック輸送は日本の物流の要ですね。ドライバーとして、どんなことを大切にされているのですか?
走行前には、必ずタイヤの溝の深さや空気圧をチェック。ホイールのネジの点検も欠かさない。ネジの緩み具合は、たたいた音でわかるという
「単に荷物を届ければいいというものではない」と、いつも思っています。無事故なのは当たり前。朝も早いですから、仕事以外の時間をいかにコントロールできるか、つまり自己管理が大切なんです。十分な睡眠も欠かせません。しっかり寝ていないと、運転に出てしまいますから本当に怖い。
私は小さい頃、水泳の育成選手としてオリンピックを目指していました。寝ても覚めても練習を続け、登校前に朝練もしていたほど。その時に精神力や自己管理力、やり抜く力を培ったのかもしれません。
普段、運転するときに心がけているのは、とにかく車間距離を取るということ。自動車学校の講習で教えられたのですが、車間距離があれば、危うい時でも考える時間や逃げる時間が取れます。大きなトラックでお客様の大切なものを運んでいるのですから、安全運転が何よりも大事と思ってハンドルを握っています。もちろん環境に配慮した走りも欠かせない。ストレス? ありませんね(笑)。根っから、この仕事が好きなんだと思います。
タクシーでもバスでもなく、なぜトラックドライバーになりたいと思われたのでしょうか?
小さな体で勢いよくエンジンルームを開口する松本さん
走行前にはタイヤの点検と共に、必ずエンジンオイルの汚れと量を点検する
小さい頃、交差点で大型トラックの女性ドライバーを見たんです。大型トラックを運転している女性はそう多くなかった時代で、鮮明に覚えています。それを見て「すてきだなぁ!」と。大型トラックの威圧感に引かれたんでしょうね(笑)。
もう一つには、新しい道を走るのが好きなんです。知らなかった道を走るのって気持ちいいんですよ。そう話すと「じゃあ、タクシードライバーでもよかったのでは?」と言われたりするんですが、いやいや、全然違います。だってタクシーは知らない人が乗ってくるでしょう? バスもたくさんの人が乗ってくる。無理ですねぇ。
私は一人の時間が大好き。トラックの中で一人、好きな音楽をかけて歌っていても誰からも何も言われない。トラックの中で仮眠するのも落ち着きます。苦手な人もいるようですが、私にとっては心地よくて、ぐっすりと眠れるんです。
2016年の「全国トラックドライバー・コンテスト 女性部門」で優勝されていますね。
第48回全日本トラックドライバー・コンテスト、競技中の1コマ。松本さんは4トントラック運転席でハンドルを握り、後退スラロームの課題走行中。
当時の全日本トラック協会の星野良三会長と共に。トラックドライバーが全国大会に出場できるのは2回まで。1回目は5位入賞だったが、最後となる2回目で優勝(写真提供/公益社団法人全日本トラック協会)
「全国トラックドライバー・コンテスト」(全日本トラック協会主催)は、事業用トラックドライバーの運転技能や専門的知識を競うコンテストです。4トントラック部門やトレーラー部門などの他、女性部門があり、そこで優勝しました。
コンテストは2日間にわたって試験がありました。1日目は、トラックの車両点検や走行、学科試験など。2日目はS字バックの車庫入れといった、課題走行などです。
筆記に自信がなかったので、神奈川県予選のとき「出場は辞退したい」と言っていたんですが、上司の強いすすめで出場することになってしまって(笑)。でも全国大会では筆記もクリアできたし、走行も平常心でできたと思います。もともとトラックで事故を起こしたことなどなかったし、「いつも通りにやればいい」とリラックスしていました。だから優勝者として自分の名前が呼ばれたときは、うれしさより驚きが勝ったというのが正直なところです。
トラックドライバーは男社会のイメージがありますが、男女の違いを感じたことはありますか?
「知らない道を走るとワクワクします」と松本さん。ナビゲーションは画面が気になってしまうので使わない。愛用の地図で事前にルートを確認するのが習慣
現場では男女の差を感じません。力では男性に勝てないのを実感することは、もちろんありますが、現在は「女性は体重に対して、持っていいのは何キロまで」と制限があるし、荷物によっては積み下ろしの際にパレット・フォークリフトを使ったりもできるので、無理はしません。
かつては労働条件が厳しかった時もありますが、最近は、女性のトラックドライバーも少しずつ増えてきていますし、女性にも働きやすい環境になってきています。産休や育休も取れるし、配送も日帰りのみというケースも少なくありません。働きやすい制度の整っている職場に転職することもできますしね。
これまでに何度か納品先の方に質問されたことがあります。「お給料は男女で違うの?」って。みなさん、そこが気になるみたいですね(笑)。差はありません。男性も女性も一緒です。
ドライバーになりたい子どもにはどんなアドバイスをされますか?
2年前には運行管理者の資格も取得し、内勤でルートや車両、人員の配置管理もする。「できるだけ長くトラックの仕事を続けたい」と松本さん
最初から「トラックの運転手は男性の仕事」と決めつけない方がいいですね。女の子に限らず(笑)、誰でもやってみたいんだったら、チャレンジしてください。
実は私、幼い頃しょっちゅう車酔いしていたんです。バス遠足でも酔うくらいでした。でも誰かに「自分で車を運転すれば車酔いしない」と聞いて、「早く自分で運転したい!」とずっと思っていました。今、車酔いは全くありません。だから、車に酔いやすい人でも大丈夫。
この先の夢は、フェリーで大きなトラックごと、海を渡ることです。徒歩で船に乗るんじゃなくてね。そして船を降りたらまた、知らない道を走ってみたいです。