徳川家康が本を出版していたって本当?

おしごと年鑑 「知る」「学ぶ」「楽しむ」をかなえるお仕事 2023年度
凸版印刷株式会社

文字の印刷に用いられた「活字」の最初は木製。日本で銅活字が生まれたのは江戸時代で、今の印刷では実は「活字」は使われていないんだって! 凸版印刷に聞いてみました。

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昔と今の印刷の違いが分かるのね!

ミナ

本当。徳川家康は貴重な金属「銅」で活字をつくり、他に類をみない出版事業を展開したんだよ。

手作り木活字(もくかつじ)から金属活字へ 「活字」ってなんだ?

角柱の先端に文字がハンコのように浮き上がったものを「活字」といい、活字を組み合わせて単語や文章にした「版」にインキをつけて印刷することを「活版印刷」といいます。これは「凸版」印刷ともいわれ、印刷技術の中ではもっとも歴史が古くてシンプルな印刷方法です。徳川家康は木製の活字を大量に新造したほか、1606~16年に銅製の活字をつくらせました。これは日本に現存する最古の金属活字となります。

駿河版銅活字

徳川家康がつくらせた銅の「活字」。駿河版銅活字といわれている/印刷博物館所蔵

駿河版銅活字を組み合わせて作った『群書治要』

駿河版銅活字を組み合わせて作った『群書治要』。中国の古典の中から政治に関するものを抜き出しまとめたもの/印刷博物館所蔵

徳川家康

なぜ徳川家康は、印刷・出版に熱心だったの?

徳川家康が天下統一を果たした関ケ原の合戦(1600年)ごろから、印刷・出版合戦が勃発。ヨーロッパや朝鮮半島から金属活字による印刷術が日本に持ち込まれ、武家や公家などによって書物の出版がさかんに行われました。その中で家康が活版印刷に熱心になったのは、武力で制圧する時代を終わらせ、学問・教養によって国を治める政治を目指したためです。書物の出版によって、家康はこれまで秘蔵または秘伝とされていた学問や知識を一般に公開し、普及につとめました。

徳川家康

印刷博物館で活字に触れてみよう

明治時代から昭和にかけて、金属の活字によって多くの新聞や出版物が刷られました。印刷博物館で、ワークショップ型の活版印刷体験ができます。

ワークショップ型の活版印刷体験

所在地:東京都文京区水道1-3-3 トッパン小石川本社ビル
開館時間:10~18時(月曜定休)

印刷博物館のサイトをチェックしてみよう!

現在の主流はオフセット印刷

現在の印刷の主流はオフセット印刷です。パソコン上で文字や写真を並べて紙面を作り、4色のインキを掛け合わせて印刷します。『おしごと年鑑』もオフセット印刷で刷られています。

オフセット印刷

徳川家康もびっくりじゃ!

ドングリーン

1文字ずつでない活字もある! 最新技術で解読可能に

江戸時代には、武士や公家だけではなく、富裕層や知識人などの民間人にも書物の印刷・出版が広がり、文学から宗教、歴史などさまざまなものが刷られました。
当時の書物は、木活字のほか、多くは木版で印刷されており、くずし字も使われ、現代の人が解読するのがとても困難でした。
凸版印刷では400年前に出版された本を、現代のテクノロジーによって解読できるアプリを開発。古文書にアプリをかざすだけで、先人たちの考えや歴史に触れることができます。

くずし字OCR

「くずし字OCR(オーシーアール)」では江戸時代の印刷本だけではなく、手書きの古文書も解読できる

時空を超えて大切な思いを届けつづけます

答えてくれた人

凸版印刷株式会社 広報本部
印刷博物館 学芸員 中西保仁さん

印刷産業は長い間、本作りに携わってきました。いまも世界中の仲間が、本を通して様々な「物語」を伝えつづけています。聖書も『源氏物語』も印刷のおかげで現代の私たちは親しむことができるのです。徳川家康までもが本作りに深く関わっていたことを知ったとき、印刷産業人として学芸員として私はとても驚きました。本好きが高じて家康が自ら出版していたことを学校では教えてくれません。けれども当時の先端技術「活版印刷」で家康がどのような思いで中国古典を広く知らしめていたのか、当館の活字群を通してぜひ確認いただきたいのです。現代の先端技術「くずし字OCR」で、江戸・明治期の先人の思いを時空を超えて届けようと日々、格闘する開発者に、私は家康と同じ気概を感じています。

海外でも古文書解読のお手伝いをしています。

答えてくれた人