金属を思い通りのかたちに彫刻し、美しく仕上げる彫金師の仕事

2021.05.14 おしごと発見!

おしごと発見!

彫金師

彫金師(ちょうきんし)は、ジュエリーや腕時計などのアクセサリー、家具など、さまざまなモノの金属装飾(きんぞくそうしょく)を手がける職人。ときには髪の毛の細さよりも細かい加工で、金属を思い通りのかたちに仕上げていきます。長い年月をかけて、たしかな技術を身につけてから一人前として活躍(かつやく)できる仕事です。[取材:セイコーウオッチ株式会社 CS推進部 兼 MSI雫石高級時計工房所属 長尾佳奈さん]

100分の1ミリ以下の単位で金属を彫る


彫金師は、1ミリよりもさらに細かい単位で金属を彫(ほ)り、美しい時計や指輪などをつくりだす職人です。国内時計メーカーの大手「セイコー」の高級腕時計製造部門に勤める長尾さん。「顕微鏡(けんびきょう)をのぞきながら、金属を彫っていきます。100分の1ミリ単位の精度が求められるので、彫るときは指先に全神経を集中させて、ズレることがないように同じ姿勢をずっと保ち続けます。慣れるまで肉体的にも、精神的にも大変でした」と話します。

金属の彫り方は、タガネという工具を金属にあてて、金槌(かなづち)で叩いて彫る技法「和彫り」と、「バイト」という専用の彫刻刀をつかって手先の力だけで金属を彫る技法「洋彫り」などがあります。長尾さんがいる工房(こうぼう)で行っているのは洋彫りで、より繊細(せんさい)なデザインを表現していきます。

長尾さんは、金属以外にも、時計の装飾につかわれる貝がらを彫刻する作業、時計のネジを高温で焼いて青く美しく色づけする「青焼き」などの作業も担います。そしてもうひとつ、自分用のバイトをつくり、手入れするのも大切な仕事です。

「バイトは一本の金属棒を削りながらつくります。使用目的にあわせて、刃の厚さや形、握(にぎ)る部分のサイズを自分で調整していくんです。もちろん、毎日メンテナンスします」とのこと。長尾さんひとりでつかっているバイトの数は、なんと30種類以上。自分でつくった仕事道具だけに「ひとつひとつに愛着があります」と語ります。

まっすぐな線を彫れるようになるまで半年以上


現在、入社4年の長尾さんは、師匠(ししょう)であり、「現代の名工」と国からも認められた名匠である彫金師・照井清さんの教えのもと、二人の先輩といっしょに主に時計の文字盤やムーブメントの装飾を手がけています。「入社した頃、照井さんから『一人前になるまで、最低でも4~5年はかかる』と言われました」。

新人としてまず取り組んだのは、長さ1センチ、幅(はば)0.2ミリのまっすぐな線を彫ること。「毎日、出社から退社までひたすら直線を彫り続けました。でも、全然まっすぐに彫れなくて…。悔しいし、本当につらかったですね」。精密さと非常に高い品質が求められるものづくりの世界ゆえのきびしさが伝わってきます。

練習開始から半年、まだ合格をもらえなかった長尾さんは、「もう一度、最初から教えてください」と師匠の照井さんにお願いしたそうです。それに応じて、照井さんは自分の細かな手作業を大きなモニターに映して、もう一度、いちから指導してくれたとのこと。「それから1ヶ月して、ようやく照井さんから合格をもらえたときは、本当にうれしくて、泣いてしまいました(笑)」とふりかえります。

マニュアルを読むのではなく、実際の作業を目で見て学ぶ。職人の世界ならではの師弟関係や技術が身につくよろこびもまた、彫金師の仕事の魅力(みりょく)と言えるでしょう。

目標に向かってコツコツ努力する信念が大事


「お父さんが休日に家具や小物を自分でつくっているのを見ているうちに、自分もやってみたいと思うようになりました」。日曜大工好きのお父さんの影響(えいきょう)で、小さいころからものづくりが好きだったという長尾さん。大学生の時に、さまざまな金属加工の技術を学ぶなかで、きらびやかな装飾をあつかう「彫金」にひかれていきます。そして自分でつくったアクセサリーを家族や友だちにプレゼントするなど、どんどん彫金の世界にのめりこんでいったそうです。

そんな長尾さんが、彫金師の仕事をする上で大切にしていることは、「細部にまでこだわって、自分が納得できるまで追求すること」と話します。

「この仕事に求められるのは、昨日までの自分に負けたくないという気持ちと、目標に向かって努力を続ける信念だと思います。それがあれば、自分にはできないと思った技術でも、時間はかかっても必ず習得できます。自分の限界をこえたモノをつくれるよろこびをこの仕事を通じて知りました」。長尾さんはいま、次のステップとして立体物の彫刻にチャレンジ中。尊敬する師匠のもとで、彫金師としての腕(うで)をみがいています。

彫金師になるには?


資格は不要ですが、ものづくりの基本的な技術と造形力が求められます。美術・工芸系の大学、または専門学校で金属加工の基礎(きそ)を学び、彫金師を募集している会社に就職するのが一般的です。また、大学や専門学校に直接、求人募集(きゅうじんぼしゅう)を呼びかける会社もあるため、進学する前にその学校の卒業生の就職実績を調べてみることをおすすめします。

長尾さんは、美術系の大学に進学後、大学院へ。「大学にセイコーから彫金師の求人募集通知がありました。当時、日本の時計会社で彫金師を募集していたのは、おそらくセイコーだけ。ジュエリーの道へ進むか悩んだ末に、時計の彫金師になることを決めました」。彫金師の道へ進んで、いまあらためて「一生修業で、きびしい世界だと感じている」と長尾さんは話します。

「時計やジュエリーをつくるので、キラキラしたはなやかなイメージもありますが、実際は地道な作業の連続です。でも、きびしい修行を経て、想像以上のモノをつくれたときは、何にも代えがたい達成感があります。ぜひ信念をもって、この世界に飛びこんできてください」。


※2021年3月現在

※取材・撮影は感染対策を施した上で、マスクを外した状態で行っています。