テレビ番組からマーケティングまで 最新のリアルを調べ上げるリサーチャー

2023.09.30 わたしのしごと道

[リサーチャー/株式会社ズノー執行役員]喜多あおい(きた あおい)さん

1964年、神戸市生まれ。同志社大学卒業後、出版社勤務、新聞社での有料記事データベース構築、作家秘書などを経て、1994年よりテレビ番組リサーチャーとして活動開始。2014年「放送ウーマン賞」受賞。情報バラエティからクイズ、ドキュメンタリー、ドラマなどのテレビ番組の企画・制作に必要なリサーチを行うほか、映画・出版・企業・官公庁など幅広い分野で活躍中。著書に『プロフェッショナルの情報術』(祥伝社)、『必要な情報を手に入れるプロのコツ』(祥伝社黄金文庫)などがある。

リサーチャーとは、どんなことをするお仕事ですか?


リサーチャーの仕事は、テレビ番組や映画、書籍を作ったり、企業で新商品を開発したりといった、ものづくりをする人たちの「発想のスイッチを押す」ことです。


「発想のスイッチ」は、誰もが持っています。みなさんも何かを見て、反射的に感情やひらめきが浮かんだ経験はありませんか? そういった連想ゲームのスイッチを押すというとわかりやすいかもしれませんね。自分自身では考えがおよばない想定外の情報を見せることで、その人のこれまでの経験や感情などが呼び起こされて、それまで思い付けなかったようなアイデアが湧いてくる。情報にはそんなすごいパワーがあるのです。そのために必要な情報を徹底的に調べつくして、精査してお届けする、それがリサーチャーの仕事です。

上)喜多さんの自宅本棚。下)数年前に福岡に拠点を移し、打ち合わせなどで月に数回、上京する以外は、ほぼリモートワーク。9歳のとき、テレビで見た長嶋茂雄に一目ぼれし「彼に関する全ての情報を手に入れる!」と決意したことが現職に至るきっかけに

仕事は多岐にわたりますが、みなさんになじみ深いのはテレビのお仕事でしょうか。「なるほど!ザ・ワールド」「ファミリーヒストリー」「家売るオンナ」「日曜日の初耳学」など、これまでにリサーチで関わった番組は600本を超えます。クイズ番組の裏どりや、ドラマの設定のリアリティー調査、ロケ地探しのほか「脚本に納得しない俳優さんの説得材料はない?」なんてお願いまで、さまざまな依頼がありますよ。

情報の集め方のコツは? インプットの方法を教えてください


かつて東京・神保町にあった、喜多さんの資料室。大正時代に建てられた趣深いビルの一室には、約3000冊の辞書と事典が整然と並んでいた。調べもので最初に手に取るのはこれらの辞書・事典。次いで、書籍、新聞、雑誌、ネット、対人の順に複数のソース(情報源)に当たっていく(写真提供/喜多あおいさん)

例えば「ドーナツ」を調べるというテーマがあるとしましょう。真っ先にやるべきは調べる目的をはっきりさせること。テレビなら「ドーナツで企画を立てて番組を作る」、企業なら「ドーナツの新商品を開発する」というふうに、相手のニーズをつかむことが肝心です。


注意したいのは、最初から欲しい情報や、おもしろい情報を得ようとしないこと。必ず「そもそもドーナツとは?」という基本の“き”からスタートします。ここが核になる揺るぎない部分ですから、辞書・事典を引くことから始めます。すると「ドーナツの定義」や「真ん中に穴が空いたのはこの時点だったのか」といったことなどがわかります。


こうしてドーナツをとことん知ったうえで、そこを中心に調べる範囲を同心円状にどんどん広げていき、情報を「網羅(もうら)」していきます。そこで「ドーナツは今、もう第5次ブームなこと。さらに特徴として、これまでのブームが消えずに残っていくこと」「海外に目を向けると、もう32次ブームくらいかも」など、たくさんの情報が集まります。


リサーチの質は、この「網羅」にかかっているといっても過言ではありません。1人より多数、チームワークで調べることで、より「多彩な網羅」にすることができます。

集めた情報を役に立つ情報に変える、アウトプットの方法とは?


「情報を取り込むときは『アホになる』。まっさらな気持ちで公式情報にあたる。そうして網羅した情報を分類して整理した後は、自分の書いたレポートに『ツッコミ』を入れてみる」と関西人らしいユーモアを交えて語る喜多さん。まるで漫才の“ボケとツッコミ”みたい!?

「これは!」という情報をたくさん集めたところで、それだけではまだリサーチ完了とはいえません。重要なのは、むしろ、その先。集めた情報を精査、分類して、お届けすることが大事なのです。なにしろ発想のスイッチを押さなきゃいけませんから。


そこで、私は情報を「ジャスト」と「パワー」に分けていきます。「ジャスト」は文字通りテーマにぴったり合うもの、「パワー」は理屈抜きにおもしろいものというわけです。さらに情報提供する相手や場面によって「ジャスト」と「パワー」のバランスや届ける順序を考えながら、情報がより効果的に伝わるように工夫します。


また、完成した報告書を第三者の目線でチェックする工程も外せません。網羅した情報を分類して、相手にとって、本当に役立つ情報に編集して届けることこそが大切なのです。

リサーチャーという仕事の醍醐味(だいごみ)は、何ですか?


喜多さんが辞書・事典のおもしろさを全力で伝えるYouTubeは必見。そのマシンガントークからは調べもの愛、説明愛がダイレクトに伝わってくる。喜多さんいわく、人生のモットーは「Too much!」

私は、とにかく調べものが大好き。調べもの好きが高じてリサーチャーになったほどですから、趣味も仕事も調べもの。常に15件ほどの仕事を同時進行していますが、それがいい。一方の案件が行き詰まった時に、別の案件が気分転換になったり、活路を見いだしてくれることもあったり。15本のアンテナをいつも立てておけるワクワク感がたまらないんです。


趣味で調べるときは、自分の中からしかテーマが見いだせないから、少々新鮮さに欠けますよね。仕事だと、それまで自分が全く興味がなかったことや思いもかけなかったことに巡り合うことができるから楽しいんです。テーマをいただく瞬間にいちばん胸が高鳴りますね。


さらに、調べるのと同じくらい私が大好きなのは、説明すること。調べたことをかみ砕いてわかりやすく話すことで相手が喜んでくれるのがうれしくて。ことあるごとに「辞書を引け」と説いた母の元で培(つちか)われた調べる習慣と、その楽しさは幼い頃から業界歴30年を経た今でも全く変わりません。

情報力をアップするために日々行っていることはありますか?


デジタルとアナログを縦横無尽に行き来してリサーチを行う喜多さんの7つ道具。複数持ちしているPCやタブレット、スマホのほか、ノートや付箋など、新旧の道具の利点を最大限に活用しながら、複数の案件を同時に進めていく

スマホやタブレットを複数所有し、それぞれのデバイス(情報端末)に人格を持たせています。例えばZ世代(1990年代半ばから2010年代前半生まれ)、30〜40代、私の等身大というふうに。そして、それぞれの世代になりきってデバイスにアクセスすることでAIが学習してくれるので、本来なら触れることができない、その世代の「ジャスト」な情報を得ることができるというわけです。


また、デパートに行ったら、必ず最上階から地下まで売り場を回り、何がはやっているかなどをチェックします。書店も最低2週間に一度は隅から隅まで一周して、気になる本や雑誌には目を通すようにしています。食事に行けば、お店の人に食材やメニューについて質問をします。新しい発見や自分の中の情報の更新ができるからです。


情報は、活字やテレビからのみ収集するものではありません。世の中に存在する森羅万象全てが情報であって、私たちはそのただなかで暮らしています。だから、日々、情報と仲良くするように心がけ、必要なときに引き出すことができるようにしています。

好きなことを仕事にするためには、どうしたらいいでしょうか?


海外に行けば、まずその土地の図書館カードを作るという喜多さん。2018年、NHKの特別番組「世界の王室が愛した豪華列車」のリサーチで訪れた大英図書館にて(写真提供/喜多あおいさん)

「好きなこと」を忘れないことです。これは精神論だけではなく、そうすることで「その情報」を逃さずキャッチできるから。私自身、20代は大好きな調べものができる仕事を求めて転職を繰り返していました。そして、29歳になったある日の新聞記事で、ついに「リサーチャー」という天職を発見。念願がかなったからこそ、そう言えるんです。


もうひとつ。リモートでの仕事を余儀なくされた時期がありましたよね。そのとき、私の仕事のステージは何倍にも大きくなりました。パソコンに向かっている時間が増えた今こそ、そのスキルを徹底的に磨こうと考え、調べる言語を増やしてみたんです。日本語だけでなく、英語や中国語、韓国語でも検索してみたことで、圧倒的に視野が広がり、海外の市場調査などの依頼も増えて仕事のフィールドも拡大したんです。


このように、仕事をすることになってから準備を始めるのではなく、できることを増やしておくと、それが役立つ日が来るんです。いつか来るアウトプットのために、インプットをしておく。みなさんも好きなことがあれば、それをとことん磨いてみてください。将来、きっとその扉を開く鍵になりますよ。

取材・文/西岡裕子 写真/是本信高