悩んだら、やる選択を選んできた。空間デザイナーの私が、パリで日本の伝統文化を伝えるわけ

2023.07.03 わたしのしごと道

[空間デザイナー]坂田夏水(さかた なつみ)さん

1980年生まれ。福岡県出身。武蔵野美術大学建築学科卒業。建築事務所、工務店、不動産会社勤務を経て、2008年にインテリアデザイン会社「夏水組」設立。中古物件のリノベーションや、店舗の内装デザイン、商品開発や、セルフリノベーションに役立つインテリアショップ「Decor Interior Tokyo」の運営などを行う。著書に『セルフリノベーションの教科書』(誠文堂新光社)などがある。2022年、日本の古き良き伝統建材を流通させるべく、フランス・パリにて新店舗「BOLANDO」をオープン。現在パリ在住。Decor Interior Tokyo(https://decor-tokyo.com) BOLANDO(https://www.bolando.fr)

空間やインテリアのデザインとは、どのような仕事なのでしょうか?


私は今、インテリアデザインの会社「夏水組」を経営しながら、日本の伝統的な建築材料を世界に広めるために、フランスのパリで暮らしています。


日本で暮らしていた時は、2年に1度は引っ越しをしていました。築100年近い伝統的な古民家が壊されそうになっていたら、見ないふりはできません。自分で買い取り、床と壁を直してインテリアを整えるといったリノベーションをして、しばらく住んだら他の人に譲ることもありました。私自身、インテリアデザインが大好き。もっと住まいを楽しむ人を増やしたいと願い、空間デザイナーとしてインテリアの仕事をしています。

上)住む人の好みのテイストに合わせてリノベーションした寝室。基調をブルーで統一し、エレガントな雰囲気にまとめまた。下)新築マンションのモデルルーム。空間の中に色や柄をうまく組み合わせて取り入れるのが夏水組流

インテリアデザインの仕事のお客様はいろいろです。住空間を美しく整えたいという個人の方もいれば、販売する建物を人気物件にしたいという不動産屋さんからの依頼もあります。店舗の内装デザインをすることもありますし、ドアや床材、壁紙などの建築材料(建材)のデザインや売り方のアドバイスを、建材メーカーにすることもあります。

インテリアショップも経営。ワークショップ(体験型の講座)でDIY(Do It Yourselfの略 自分でものを作ったり修理すること)の楽しさを伝えています。なぜ、ワークショップを開いているのでしょうか?


上)東京の吉祥寺にあるインテリア材料のショップ「Decor Interior Tokyo」。輸入ものの壁紙やペイント、棚の把手(とって)、オブジェなどを販売。商品はネットショップでも購入可能。下)壁紙の上から塗ることができる自社開発のペイント。全30色あり、パリの街中にある色をヒントに、オリジナルで調色している

私が経営するインテリアショップでは、壁の色を塗り替えられるペンキや壁紙、ドアの取っ手などのインテリア材料を販売しています。壁紙を替えたり、ペンキを塗る、と聞くと難しく感じる方もいるかもしれませんが、実は子どもでも簡単にできるんです。


大学生の頃、バックパック旅行(低予算での個人旅行)でヨーロッパを一周したとき、海外の人たちが自由に住まいをアレンジして楽しむのを見て、すてきだなと思いました。でも日本では欧米の国に比べて、特に賃貸マンションなどでは住まいを自分流に変えられる自由度が低く、その習慣もあまりありません。


それなら、そのきっかけを自分が作ろうと、簡単にお金をかけずにDIYするための材料を自社で開発し、その方法を教えるワークショップを10年ほど開催してきました。
最近では徐々に賃貸物件でもDIY可能な物件が増え、ネットショップでDIY用の商品を買う人たちも増えているようです。

インテリアデザインの仕事をしようと思ったきっかけは、どのようなことでしたか?


壁紙を貼るワークショップを行う坂田さん

子どもの頃は、当時はやっていたシルバニアファミリー(エポック社)の家で遊ぶのが好きでした。それがきっかけになって、自分の部屋の壁紙を貼り替えたり、内装を変えて模様替えをしたり。色や柄のコーディネートを考えるのが、好きだったのです。


高校生になり、進路を考えるようになったとき、建物や生活空間に関わる仕事がしたいと思うようになり、美術大学の建築学科を受験しました。


入学した大学では、インテリアコーディネートやデザイン建築を志す先輩も多く、私も自然とその世界にのめりこみました。そして大学3年生の頃からアルバイトをしていた建築事務所にそのまま就職。そこで様々な建築手法やお客様への接し方、工事や不動産のことなど、広くビジネスとして必要なことを学びました。


その後も、工務店や不動産業界に転職しながら学び、28歳の時にインテリアデザインの会社「夏水組」を立ち上げて独立したのです。

昨年はフランスのパリにも出店しました。なぜ、パリに移住して日本の建材を紹介しようと思ったのでしょうか?


パリで開催されるインテリアの国際展示会「メゾン・エ・オブジェ」に過去4回出展。「日本の伝統建材の良さを広めたい。建築やインテリアに関わる人にも責任があり、私たちの意識ひとつで変えることができるはず」と坂田さんは言う

インテリアの世界で働く中で、畳や障子、和紙など日本の伝統建材が、このままだとなくなってしまうのでは、という強い危機感を持つようになりました。今の日本では、新しく家を建てるとき、和室を作る人はほとんどいません。このことは、ここ20~30年で非常に問題になっています。


一方で、私は数年前から、パリのインテリアの国際展示会に日本の伝統建材を出品し、高い評価をもらっていました。展示会のためにパリに何度も通う中で、もっと日本の伝統建材を広める活動がしたいと思うようになりました。海外の人たちに日本の伝統建材の魅力を知ってもらうことで、逆に日本人が自分たちの伝統文化の素晴らしさに気づくきっかけになればという思いもありました。


このまま何もせず月日が過ぎれば、何百年もかけて培われてきた伝統技術や職人さんが失われてしまうかもしれません。私は、やるか、やらないか迷ったら、必ずやる選択をしてきました。やるなら今だ!と思い切ってパリに移住し、昨年9月パリにお店をオープンしました。

パリでのお客さんの反応は? 日本とフランスの住宅への向き合い方の違いは、どんなところにありますか?


フランスのパリ6区サンジェルマン・デ・プレで日本の伝統建材および装飾品の物販店「BOLANDO」を営む坂田さん。季節を先取りした着物を身に着け、お茶を点てる、野の草花を生けるといった日本の文化を知ってもらいたいと、着物で店頭に立つ。着物で、すぐに日本人だと分かってもらえる利点も

パリでは、“日本の文化は、長い年月を重ねて出来上がってきた美しく洗練されたもの”と認識されています。茶道、華道、書道はもちろん、それにともなう掛け軸や屏風、浮世絵などの美術品に対して評価がとても高いのです。ヨーロッパの人たちは、日本人以上に日本の美術品のことを教養としてよく知っています。「日本人は身近に美しいものがあるのに、なぜそれを楽しまずに海外のものに手を出しているのか」と、言われることもあります。


パリに来て驚いたのは、百貨店のレイアウトです。百貨店というと日本では、女性ファッションの商品が7~8割を占めていますよね。でもパリの中心街にある百貨店では、地下1階はすべてDIY売り場。ペンキや壁紙、金物、工具などが所狭しと置かれています。それ以外にも、インテリア商品、食品、男性服と女性服は、それぞれ同じぐらいの割合で売られています。洋服に特にお金をかけがちな日本人との大きな違いを感じています。

これからどんなふうに事業を発展させていきたいですか。坂田さんのように好きな仕事をしたい子どもたちに、メッセージはありますか?


パリのお店では、畳や襖(ふすま)などの他に、盆栽や和食器、着物などが並ぶ。「私自身がもっと日本の伝統文化を知る必要があります。語学も含め今は勉強中です」と坂田さん

地域に根付けるようになるまで、パリのお店を10年間は続けるつもりです。そして日本の伝統建材の職人さんの力になりたいという気持ちもあります。私一人の力ですぐに変わることではありませんが、私の活動が少しでも若い人たちに影響し、「畳っていいよね」、「和紙を選んでみようかな」と思うきっかけになるといいなと思います。


私が子どもの頃から積極的だったかというと、そういうことは全くなく、ごく普通の子どもでした。でも、高校生や大学生になって“自分の好き”をたくさん持っていたことが、自分の進路を選ぶ助けになったと思います。


私には、子どもの頃から住まいの改造やファッション、壁の色塗り、柄合わせなど、好きなことがたくさんありました。家の内装を変えたり、部屋の壁の色を塗ったりするのを、いつも親は応援してくれて、兄弟や友人たちと楽しんでいました。好きなことをたくさん持って、それを極めて楽しむ時間を持つことが、きっと大切なんじゃないかなと思います。

写真提供/夏水組

取材・文/柳澤聖子